隠さないで欲しい。 その痣も、 その傷も。 「また、増えちゃったね」 満月の夜の後だからか、彼の顔は蒼白だった。 三日間待ち侘びた笑顔は、草臥れていた。 やっと寮に帰ってきた彼は、とても弱々しかった。 只今の時刻、午前二時。 この談話室には、私と彼の他に誰も居ない。 包帯や絆創膏だらけの彼は、とても痛々しかった。 「……起きてたの?」 驚いたように目を見開き、リーマス・J・ルーピンは言う。 彼の胸元に光る監督生のバッチが、キラリと光った。 バチバチと、暖炉の火が燃える。 「まぁね。ジェームズ達にばっか良い格好させたくなかったし、待ってたの」 私がそう言うと、彼は眉を顰めた。 そして、咎める様にこう言った。 『僕なんかを待ってちゃいけないよ』 と。 果たしてそれは、どの事を言っているのだろう。 「それは貴方が帰ってくるのを?それとも告白の答え?」 どっちを待っていてはいけないの、と。 彼の言葉が少し―本当に少しだけ―ムカついたから、 私はつい意地の悪い質問をしてしまった。 案の定、彼の眉間の皺は濃くなった。 だけど怒っているわけではない様で…… きっと、罪悪感に心を痛めているのだろう。 嗚呼、私はなんて酷い女なのだろう。 それを知っていて尚、答えを聞こうと待っている。 彼にとって『待たれる』という行為は、とても残酷な事だと知っているのに。 「駄目、だよ。君には……もっと相応しい人がいる」 彼は俯いた。 相応しい人? そんなの、知らない。 知りたくも無い。 「駄目?相応しい人?何それ」 まるで自分のものじゃないかの様に、私の唇は言葉を紡ぐ。 声も低く、私の声じゃない様だ。 酷く感情が昂ぶっている癖に、冷静に現状分析をしようとする自分がいる。 冷静な私はまるで、第三者の様な視点で物事を考えている。 嗚呼、とても滑稽だ。 私の唇は、酷い言葉を紡ごうと開く。 「そんなの、今は関係無いじゃない! 私は君の答えが聞きたいの!! なのにっ……なのに、なんで? どうしていつも同じ答えなの? 拒否するわけでも受け入れるわけでもない、曖昧な答えなの?」 焦燥に駆られ、嫌な事を言ってしまった。 後悔、した。 後悔するぐらいなら言わなければ良いのに、私は言ってしまったんだ。 そう。 私は焦っていたんだ。 彼の想いは何処に向けられているのか、皆目判らない事に。 嗚呼、最低だ。 なんて私は自分勝手なのだろう。 「ごめん……ごめんね。 こんな事が言いたかったわけじゃないの」 情けなさに拳を握り締め、私は俯いた。 今一番彼を傷つけているのは私だ。 人狼でも、満月でもない。 私自身だ。 こんな私が彼に愛を伝えるのでさえ、おこがましいというのに。 それでも、私は。 「」 優しい、穏やかな声音が響く。 私が大好きな、彼の声。 自然と、涙が零れた。 私は、この声に名前を呼ばれるのを渇望していた。 たった三日。 たった三日の筈なのに、私には一年に感じられた。 この三日間、彼の声が聞きたくて。 ただ夢中で彼の影を追い求めた。 私は彼に依存している。 彼無しでは生きていけないんだ。 「本当に僕なんかで良いの?」 穏やかな彼の声音が、微かに震えている。 私は俯いているから彼の表情は見えないが、強く拳を握っているのは見えた。 「僕を選んで後悔しない?」 最初、何の事だか判らなかった。 けど、 直ぐに理解した。 彼は答えを出そうとしてくれているのだ、と。 彼の優しさにまた一粒、目から雫が零れた。 後悔などするものか。 寧ろ、選ばなかった方が後悔するに決まっている。 貴方なんかで良い、じゃない。 貴方だから良い、なの。 その事、判ってる? 「……後悔なんて、絶対しない。 貴方が私を受け入れてくれるのなら、私は歓喜だけしか感じないもの」 俯いた顔を上げて、彼の瞳を見つめて。 上手く出来たか判らないけど、私は微笑んだ。 目の前の彼は既に俯いていた顔を上げていて、私に優しく微笑みかけている。 「……私はね、リーマス」 ゆっくり彼の両頬を私の両手で包み込む。 一拍置いて、また口を開く。 「貴方のその痣も、その傷も、総て受け止めたいの。 貴方の痛みは、私の痛み。 だからどうか、その痛みを分けて」 分かち合いたいの。 その痣も、 その傷も、 総て。 ぽつり、と 透明な雫が 彼の頬を伝った。 |