それから数日間、リドルとの貞操を賭けた壮絶な追いかけっこ……基、戦いが繰り広げられた。
ある時は図書室で襲われかけ(本で殴って逃げた)、ある時は魔法薬学の時間に愛を囁かれ(無視して耐えた)、
ある時は談話室で抱き締められた(その時ばかりは殺してやろうとリドルに死の呪文をかけようとしたを周りが必死に止めた)。
そんな攻防戦をここ数日間、毎日繰り返していた。
そして(前編の)冒頭に至る訳である。
この数日間逃げ延びていただが、今の状況は非常に拙かった。
二人が今居る場所は『必要の部屋』。
目的が変わるごとにその内装や中にある道具も入れ替わるという、なんとも便利な部屋だ。
最初はが一人でゆっくり寛いでいたのだが、何故かリドルが行き成り入ってきたのだ。
そしてこの現状。
密室で二人きり。
(じょ、冗談じゃないよ……)
「ねぇ、」
「は、はぃい?」
「は……僕のこと嫌い?」
そう彼に問われ、は固まる。
そして自身に問いかける。
私はリドルの事をどう思っているの?と。
悩むの細い腕を、怖い程白い腕が引く。
その衝撃で、は腕の主―リドル―の胸に倒れこんでしまった。
「っ、ごめん、リド……る……?」
―紅い瞳に、囚われる。
美しい、とは思ってしまった。
この、憂いを湛えた紅い瞳を。
ゆっくりと、リドルの手が彼女の頬を包み込む。
ひやりと冷たい彼の手に、は思わずぴくりと反応する。
だが、不思議と嫌な感じはしなかった。
寧ろ、その冷たさが心地良い。
そう頭の隅で、は思う。
彼の唇が、ゆっくりと降りてくる。
「んっ……ぁ……っ……」
重なった唇。
離される唇。
離れてゆく熱が、酷く悲しい。
「……って、何すんのよぉぉぉおぉおおお!!」
バシッと小気味良い音が聞こえた。
がリドルの頭部を思いっきり強く殴ったのだ。
「っ〜!!」
あまりの痛さに蹲るリドル。
眉目秀麗な優等生、トム・リドルにこんな仕打ちが出来るのは彼女一人しか居ないだろう。
仄かに頬を染め、はリドルを睨んだ。
「何すんのよ、この似非優等生がっ!!」
「何って……kiss?」
「そんな事を聞いてるんじゃないのっ!!何で……何でこんな事をするのか聞きたいの!!」
「……好きだから」
「……え?」
小さく紡がれた彼の言葉に、は目を見開く。
そして、反射的に聞き返す。
なんて言ったの?と。
「……君が好きだから」
真剣に見つめてくる彼の瞳は、怖ろしい程紅く、美しかった。
端整な顔の彼にこんな事を言われて、顔が赤くならない女が居るのだろうか?
答えはきっとNo。
少なくとも、はその部類に入らない。
こんなにも赤面しているのだから。
だが、本当にそれだけだろうか?
本当に、端整な顔立ちのリドルに「好きだ」と言われたからだけだろうか?
彼女の中に、疑問が次々と生まれてくる。
『何故こんなにも顔が暑くなるの?』だとか、『何故この紅い瞳から目が逸らせないの?』だとか……
『何故こんなにも嬉しいの?』
だとか。
しかし、次の瞬間には虚しさが彼女を支配する。
彼が私を好きだと言ったのは飽く迄媚薬の効力の所為だ、と。
そう、は好きな人の為に媚薬入りのクッキーを作ったのだ。
今リドルの相手などをしている暇があれば、ブライアンへの媚薬入りクッキーを作り直せば良いのに。
(……だけど、本当に私はブライアンを好きだったのかしら……?リドルに追いかけられる様になってから、彼の存在を意識しなかったというのに)
そして、彼女は気付く。
自分はトム・リドルの事をいつの間にか好きになっていたのだ、と。
すると、何故か笑いが込み上げてきた。
と同時に、悲しさも込み上げてきた。
彼女はリドルの視線から逃げるように、目を逸らした。
「あーあ……何やってるんだろ、私」
ポツリとが呟く。
そんな彼女を、リドルは不思議そうに見つめる。
「?」
「アハハ……本当、馬鹿だな。私、リドルの事が好きみたい」
今度はリドルが目を見開く番だった。
まさか、ここで告白されるとは思わなかったのだろう。
確かにリドルも告白した。
だが、彼は自分は彼女に嫌われていると思っていたのだ。
嬉しさに笑みが込み上げてくる。
しかし、想いが通じ合っていたと判ったというのに、何故彼女は浮かない顔をしているのだろう?
疑問に、眉を顰めるリドル。
「……」
「何、リドル?」
「君は……何か思い違いをしていないかい?」
「思い違い……?してないわよ」
悲しそうに、は言う。
苦笑にも似た微笑みが、何故か切なさを掻き立てられる。
「嘘だね。だったら、何故そんなにも悲しそうなんだい?」
「……好きな人が媚薬の効力の所為で、私の事を好きだと言っているからじゃない?」
「媚薬……?僕、媚薬なんて飲んでないけど」
「数日前に談話室に置いてあったクッキー食べたでしょ?あの中に入ってたのよ」
「は?何を言っているんだい、君は?」
リドルのその言葉に、は苛立ちを覚えた。
自然と拳を強く握る。
そして彼の次の言葉を待つ。
「僕はクッキーなんて食べてない」
「へ?」
「だからね、僕はクッキーなんて食べてないよ」
は逸らしていた視線を、再びリドルへと戻した。
が見た彼は、呆れたように微笑んでいた。
何故、と彼女は問いかける。
だけど声に出していない問いは彼に届くことは無い。
「食べ、て、ない?」
「うん。君がMr.ベイカーにあげようとしてたクッキーでしょ?あれなら僕が捨てた」
中身だけ、と言ったリドルに、はこれまでにない程の殺意を覚えた。
しかし、安堵したのも事実で。
「……なんで捨てたのよ」
そうが問えば、リドルは「君が媚薬入りのなんかをあげようとしてたから」としれっと言った。
要するに嫉妬したという訳だ。
「君が作ったからといって、流石に媚薬が入っていると知ってて食べようとは思わないよ」
「……なんで媚薬が入ってるって知ってたのよ」
「そんなの決まってるじゃないか。君が媚薬を作っているところから、クッキーをラッピングしているところまで見ていたんだから」
「ふぅん…………って、それじゃあストーカーじゃないっっっっ!!」
「別に良いじゃないか。両想いな訳だし」
『両想い』。
その単語を聞いた瞬間、の顔が真っ赤に染まった。
それに気付いたリドルは、にやりと妖しく笑う。
「何、照れているのかい?可愛いなぁ、僕のは」
「だだだだだだだ誰が、いいいいいいつ、おおおおおおお前のものになったぁぁぁぁあああぁぁぁあああ!?」
動揺するを見て、リドルは愛しそうに微笑む。
そして彼女の頬を手で包み込みこう言った。
「ずっと前からだよ」
と。
強引な彼には不覚にもときめいてしまったが、その事は彼女だけの秘密だ(リドルにはバレていると思うが)。
君に捧げるエンドロール
(私たちの物語は始まったばかり。ね、リドル?)