待ち焦がれていたあの懐かしい声音が、すぐ近くで私を呼んだ。



























「シリ……ウス……?」

久しぶりに愛しい人の名前を口に出した。
心の中で唱えた事は幾度もあるが、口に出したのは久方ぶりだ。
嗚呼、切なさと愛しさが私を支配する。
声の主は、愛しい人の姿をしていた。
夢だろうか?
それとも現実?
ううん、どちらでも良い。
彼と逢えたのだから。

「久しぶり、
「………本物?」

やっと出せた言葉がこれだ。
気の利いた事の一つや二つ言えたら良いのだけど。
生憎私は、そんな都合良く出来ていない。

「……ああ」

苦笑気味に彼、シリウス・ブラックは頷いた。
この人ももう少し、気の利いた事が言えないのかしら?
冗談のひとつやふたつ…………。
じゃないと、







どう接したら良いのか判らなくなるじゃない。






一発でも冗談をかましてくれたら、私だって少しは気が楽だ。
ほら。
「ははは〜お前、十数年見ないうちに太ったなぁ」
とか、こんな冗談。
そしたら、私は迷わず貴方を殴れるのに。
勿論、拳で。
私、心に決めてたんだから。
貴方と今度会ったら、絶対に殴ってやるって。
でも、ねぇ。
何でだろう?
貴方の顔を見たら、殴る気なんて失せちゃったの。
貴方がピーターを殺したって人伝に聞いて、私は悲しかった。
なんで皆はシリウスを信じてくれないの?と。
なんで私達を引き裂こうとするの?と。
そして……


なんで皆、私を置いて行こうとするの?と。
残された私とリーマスは、お互いに傷を舐め合うなんて事できないまま、この十数年を過ごしてきた。
会う回数なんて本当に稀だったし、多分お互いに会いたくなかったんだと思う。
嫌な事を思い出してしまうから。
だけど、忘れる事などできなくて。
会えば昔の話ばかりしてた。
リーマスは貴方の話を避けていた様だったけど、私は構わずに貴方について話した。
優しいリーマスは、それを黙って聞いてくれた。
でも、私の寂しさは癒される事がなかった。
なのに、なんで。


「な、んで、こん……な、」


満たされるのだろう。


嗚呼、視界が滲む。
もっと、もっと。
貴方の顔が見たいのに。

「……泣くなよ」

困ったように苦笑して、彼は言う。
声の気配からして、私はそう思った。
ただ、視界が滲んでいて確かめる事はできないけど。
拭っても拭っても、忌々しい涙が次から次へと出てくる。
なんて、格好悪い。
やっと会えた彼には、良い所だけを見せようと思っていたのに。
私ってば良いオンナになったでしょ?って。
なのに、本当格好悪い。
子供みたいに泣きじゃくって……。

「な、泣いてな、い……もん」
「馬鹿。思いっきり泣いてるだろ」

嘘を吐いてみれば、シリウスが小突いてきた。
少しムカッときたので、威力を数倍にして殴り返す。
案の定、シリウスは「痛っ」と殴られた場所を擦った。

「シリウスのばか。なんで……」


「  」


呼ばれて、彼を見る。
さっきまで滲んでいた視界が、今はクリアになっていた。
嗚呼。
こんなにも歳月が経ったというのに、私の彼への気持ちは褪せる事を知らない。
私の涙を拭うその大きな手も、昔と変わらず意志の強さを主張するその灰色の瞳も。

全て、

彼の総てが、





愛しくて堪らない。

私の涙を拭う彼の指先を、そっと両手で掴む。

「ねぇ、シリウス」
「ん?」

呼びかければ、彼は微笑みを浮かべて反応してくれる。
嗚呼、彼は本物なんだ。
世界中の何処にも、彼の笑みを真似できる人間なんて居ないのだ。

「今度こそ、約束、して」

彼の瞳を見つめながら、一句一句区切りながら私は言う。
彼は私の言葉を聞いて、不思議そうに少し首を傾げた。

「絶対に……私から離れないって」

そう言葉を紡ぐと、シリウスは大きく目を見開いた。
だけど次の瞬間には、彼は微笑んでいた。
私が大好きな、大好きな表情。
心に、暖かいものが染み渡る。

「 ああ 」

短いけど、確かな意志が込められた返事だった。
嗚呼、どうしよう。
また視界が滲んできたよ。
忌々しい涙めっ。
私になんの恨みがあるっていうの?
彼の顔が見れなくなっちゃうじゃない。
でも、許してあげるわ。
だって、今の私は寛大だから。
彼に癒されて、少し浮かれているから。

「ずっと、一緒に居よう」

彼のその言葉に、益々涙が溢れ出てくる。
なんで貴方は、いつも嬉しくなるような言葉ばかり言うのかしら?
もしかして超能力?
そう問えば、
「俺が超能力を使えてたら、お前の涙を止めるのに」
って、彼は苦笑した。
いいよ、止めないで。
だって私が涙を流せば、貴方がその指先で拭ってくれるもの。
私はそれがとても嬉しくて、堪らなく愛しい。
もう、絶対離さないから。



ねぇ、誓おうよ。































君との…一生の幸せを。





(“結婚しようか”。そう言った貴方は、泣きたくなるほど格好良かった。)