あの空は、未来へと無限に広がっていた。














、君は選ぶ事が出来る」

そう言って与えられた三つの選択肢。
そう言って与えられたのは三つの未来。
私は迷わず、君に答えたね。
あの青い、未来へと続く大空の下で。























卒業というのは嬉しくも寂しいものだ。
と、どこかの誰かが言っていた。
誰だったっけ……。
確か一年前に卒業していった先輩だった気がする。
あまり接点の無い先輩だったから、顔も名前も覚えていないが。

この七年間、いろいろな事があったと思う。
私がグリフィンドールに入れたのは本当に、千分の一の奇跡だった。
純血一族の長女としてこの世に生を受けた私は、次期当主としての一族の期待を一身に受けてきた。
父さまも母さまも、お祖父さまもお祖母さまも、叔父さまも叔母さまも、一族の殆どがスリザリン寮出身だった私の家。
唯一グリフィンドール寮に入った伯父さまは、随分前にお祖父さまに勘当されたと聞いた。

『お前は家の名に恥じぬようにスリザリンに入るのだぞ』

そう言って微笑んだお祖父さま、仲良さげに肩を抱き寄せながら当たり前かのようにその考えに頷く両親。
以前からその考えに疑問を持っていた幼い私は、その時初めて彼らに“反抗心”というものが芽生えた。
絶対にこの家を変えてみせる、と。
それは、誓いにも似ていた。


それからホグワーツに入学するまでの数年間、私は彼らに従順な人形を演じてきた。
家の当主として申し分の無いくらいの魔法の知識も蓄えた。

そして、到頭待ち望んだあの日が来たのだ。


「グリフィンドール!!」

組み分け帽子がそう叫んだとき、私は思わず我が耳を疑った。
同時に、大広間中の人間が騒めき始めたのを感じた。
グリフィンドールに入る事は諦めていた。
周りからは血も組み分けに関係していると聞いていたから。
それに、グリフィンドールに入ってしまえば家当主の座は遠退いてしまうだろうと。
戸惑いと歓喜が鬩ぎ合って、その時の私はとても混乱していた。
だから、気付かなかったのだ。
私の直ぐ後、自分の人生に大きく関わってくる人物の名前が呼ばれたことに。
その時の私はまだ知らない。
“彼”がこの七年後、私に三つの選択肢を与える事を。



次の日の早朝、父さまから手紙が届いた。
内容は至って簡潔なものだった。

【入学おめでとう。組み分けは実に残念な結果になったが、気を落とすな。お前は大事な跡取りだ、健康に気を付けなさい】

さっと目を通してから、思わず笑いが込み上げてきた。
気を落としているのはどっちだか。
まぁ、私が気落ちしていると彼らが思うのも無理はないだろう。
そう思われるように長年演技をしてきたのだから。
でも、取り敢えず勘当はされないみたいで良かった。


それからの私は、家にいる時よりずっと自由に過ごせた。
勿論、勤勉を怠らないで。
試験では常に一位だった。

そう…………あの時までは。





それは、私が三年の時の学年末試験だった。
学期末に試験の結果が発表され、私は戸惑った。
一番上にある名前は自分のものだと思っていたのに……別の名前があったのだ。
その名前は、トム・マールヴォロ・リドル。
スリザリンの人気者優等生だった。

「おめでとー、トム!!」
「流石だな」
「トムぅ、今度私にも勉強教えてぇ」
「おいおい、またトムの人気が上がったんじゃねぇか?」

トムトムトム、とスリザリン生が彼を中心に集まっている。
甘い表情で女子達を魅了し、その人柄の良さで男子達からも頼られる彼。
以前、ルームメイト達が彼の事を話していたのを覚えている。
私は彼の事をあまり知らなかったから、彼女達の話をただ聞いているだけだった。
だから、全く知らないという訳ではない。
その時、友人達が私の名前を呼びながら駆け寄って来た。

、残念だったね」
「次も頑張ろう、今回の倍!!」
「でも、一位とは一点差って聞いたわ。あまり気にする事は無いわ」
「そうそう!!一点くらい挽回できるって!!」
「また勉強会開けば大丈夫だって!!」
「でもよ、それってに教えてもらってる俺らだけが得する仕組みなんじゃねぇか?
にメリットは無いと思うんだが……」
「なぁに言ってんのよっ。皆で頑張るって事が大切なんじゃないっ!!」

自然と、頬が緩む。
友人とは良いものだと、ホグワーツに来てからこの子達に教わった。
ここに来たからこそ、私はその事を知ることが出来たのだ。
一生懸命に慰めようとするこの子達を見て、私の戸惑いはどこかへ吹き飛んでしまった。

「ありがとう、みんな」

嬉しくて、暖かくて。
とても、大切なもの。
私の、大好きな友人達。

「 Ms. 」

耳に心地良い声音に呼ばれ、私は振り返った。
そこに居たのは、

「……Mr.リドル」

そう、今回一位になったトム・マールヴォロ・リドルだった。
人の良さそうな笑みを浮かべ、柔らかな物腰で私に話しかけてくる。
彼の後ろには、数人の取り巻きがいた。

「君とは以前から話してみたいと思っていたんだ」
「……そう、それは光栄だわ」

にこり、と笑って手を握手を求めてきた彼の手を取り、私も友好的な笑みを浮べてみせる。
触れた彼の手は、大理石のように冷たかった。
まるで、人形のように。
彼の第一印象は、目が笑っていない人間だった。
そして、少しだけ『怖い』と。





これが、私達の最初の出会い。
私達の運命を変える出逢いだった。



 + + + + + +



まぁ、それから色々とあった訳で。
思い出せば思い出すほど頭痛がするわ……。
ただ、彼との出逢いが間違いだったとは思わない。
どんな出逢いにも、必ず意味はあるのだから。
出逢いから数年、まさか恋仲になるとは夢にも思っていなかった。
五年生のときに奴が告白してきた時には、日付を疑ってしまった。
本当に今日は4月1日ではないよね、と。
それに、告白の内容も耳を疑うものだった。

、僕と結婚を前提に付き合って。そして、僕を世界一の幸せな男にしてちょーだい」

全く、ふざけている。
真面目なのか不真面目なのか、わからない男だ。
言われて直ぐ後、私は即断った。
しかし、彼は諦めずに何日も私を追いかけてきやがった。
もう、殆ど諦めのようだった気がする。
…………否、私は奴のことを既に愛していたのだ。
ただ、素直になれなかっただけ。











嗚呼、本当に楽しかった。
沢山の想い出が、この場所にはある。
私はこれから帰らなくてはいけない、あの家へ。
そして、家を変えていかなくてはならない。
…………私自身と一族の未来のために。


夏の風が、微かに汗ばんだ肌に心地良く吹いた。

「  」

耳に心地良い声音に呼ばれ、私は振り返った。
まるで、初めて彼に出逢ったときのように。
そこには、やはり見慣れた彼が居た。

「……リドル」

紅い瞳は優しげに笑っていて、私を見つめる。
彼のこの瞳が心から綺麗だと思えるようになったのはいつからだっただろう。

「ここに居たのか、探したよ」
「なに?どうしたの?」

彼を見上げながら、私は首を傾げた。
何か用事でもあるのだろうか。
いつもと変わらないように見えたが、彼がやや緊張している事に私は気付いた。
彼は緊張すると、右耳についているピアスを触る癖があるのだ。
そのピアスは、私が以前リドルの誕生日にあげた物。
私がピアスをプレゼントするまでは右耳を触るのが癖だったようだが……。
彼の瞳の色と同じ深紅のピアスを私があげてからは、そのピアスを触るのが癖になったようだ。
決まって右耳のを。
ちなみに、左耳を触るのは照れているときの癖だ。
今まで一緒にいて、判ったことの一部。
彼のその癖に気付いているのはどうやら私だけらしく、周りの人は知らない。
嬉しいと感じてしまう私は末期だろうか。

……」
「ん?」

なに、と首を傾げると、リドルは口を閉ざした。
どうやらリドルは、言おうか言うまいか躊躇っているらしい。
そんな彼を、私は静かに見守った。
暫らくして、決心したリドルが静かに口を開いた。



、君は選ぶ事が出来る」



そう言った彼は、いつになく真剣な表情だった。
私は何も言わず、ただ彼の言葉を待つ。
ぼんやりと『今日は天気が良いなぁ』なんて思いながら。
大体、彼が言おうとしている事はわかっている。
そして、私がそれに対してどう答えるかも。



「ひとつ、残ってこの腐りきった現在の魔法界で絶望を見るか。
 ふたつ、“家を変える”という自分の使命を果たすか。
 それとも…………












 僕と共に、苦難な旅について来てくれるか 」



そう、答えは既に決まっていた。
迷いなんてない、私が選ぶ未来は一つだ。
リドル、私の愛しい人。
この想いは怖いほど、留まることを知らない。
だから、私は――……。



「 私は、自分の使命を果たすわ 」



これが、私の全てだから。
幼い頃から決めていた、私自身が選んだ未来。
誰に何と言われようとも、私は迷わない。

「ずっと決めていたことだもの。この使命を果たすまでは、私は他の事など見れない。
 それに、大切なものも出来たから」

そう、とても大切な護るべきもの。
お陰で、決心がついた。
揺らぎかけていた私の心が、決まった。

「だから、私は貴方とは行けないわ」

訪れる沈黙、揺れる青々とした木々の音。
風が心地良く、空が悠々と続いていた。
果てしない、未来を示すかのように。

「それが、君の答えか…………わかった。ここでお別れだ、

紅い瞳が悲しげに、優しく揺らめいた。
彼の声音は固く、何か我慢をしているように聞こえる。
しかし、それを知ったところで私は何も出来ない。
リドルよりも自分の使命を選んだ私は、彼に言葉をかける資格さえない。
…………だけど。

「 ありがとう、リドル。誰よりも何よりも…………愛してる、ずっと 」

そう言って、私はその場を立ち去った。
視界が霞んで見えるのは、きっと汗が目に入ったのだ。
胸が苦しいのは、きっと……下着がキツイのだ。
新し、いの……買わないと。
のど、が詰まる、ように痛い、のは、きっと、きっと……




私が泣いているからか。

すき、だいすき、あいしてる、だれよりも、なによりも、たいせつなひと。
ありがとう、そしてさようなら。
今度会うときは、きっと…………。
























私は未来へと歩き出した。
簡単にはいかないと思うけど、覚悟は出来ている。
だけど、願わくば明るい未来を紡いでいきたい。
この、私に宿ったもう一つの命と共に…………。





































選んだ未来に添い遂げられるのなら

(未来は限りなく続いてゆく。)


おまけ




お題配布元:遙彼方 さま