いつか



離れ離れになってしまう事なんか



馬鹿な私でも判るよ。



けどね……


















バチバチと、暖炉の音だけが響く談話室。
ソファーに座る私の他には誰も居ない。

そう、居ないはずだった。



聞き慣れた声。
心地良く響く声。
心にまで暖かく染み渡る。
嗚呼、あの人だ。

「シリウス……」

声がした方を振り向けば、案の定“彼”が居た。
艶やかな漆黒の髪、端整な顔立ち。
良い感じに着崩された制服、意思の強そうな灰色の瞳。
彼、シリウス・ブラックがそこに居た。

「何してたんだ?」

問われて、私は思考を巡らせる。
この場合、何て答えれば良いのだろう?
『宿題してた』
……は普通すぎか。
『君のことを考えていた』
……告白かよ。
『目を開けたまま寝てた』
……笑いをとりたい訳じゃないんだから……。
我ながら、呆れた思考回路だわ。
まぁ、ここは無難に……

「うーん。考え事してた」

そう、考え事。
とてもつまらなく、とても現実的な事。
独りになる度、考えてしまう。

考えたくないのに。

「考え事?悩みでもあるのか?」

端整な眉を歪ませながら、シリウスは私の隣に座った。
嗚呼、心配してくれているんだ。
だけど、心配されるのは嫌だから。
嬉しいけど、悲しいから。
貴方にはそんな顔より、笑った顔の方が似合うもの。
私は彼の右手を、両手で包み込んだ。
彼の体温が伝わってくる。

「……無いよ、悩みなんか。」

大きい手。
暖かい手。
嗚呼、何故こんなにも安心するのだろう。
確かな実感が得られるから?

「敢えて言うなら、勉強ぐらいかな?」

安心させるように冗談を交えて、彼お得意の『悪戯っ子の様な笑み』を真似てみた。
そうすると彼は噴出して、肩を揺らして笑った。

「それは深刻な問題だな」
「でしょ?」

彼は悪戯っ子の様な笑みを浮かべて、私の冗談を冗談で返した。
好きだな、この笑顔。
そして、この時間も堪らなく好きだな。
いつまでも、


続けば良いのに。

「……お前、俺に何か隠してるか?」

一瞬、心臓が跳ね上がった。
嗚呼、何でこの人は……



こんなにも鋭いのだろう?

「……べ、別に無いよ、隠し事なんて」

震えている事がバレてしまいそうで、私は咄嗟に握っていた彼の手を離した。
それに加え、目も逸らした。
だけど、それは間違いだった。
私のその行為は、彼の疑心を煽るものでしかなかったから。
気付いた時には既に遅し。
私の腕は、彼の大きな手に捕まってしまったから。

「目、合わせろよ」

心配かけたくないのに、どうして上手く行かないんだろう。
自分の不甲斐無さに腹が立って、情けなくて。

嗚呼、私はなんて弱い人間なんだろう。



彼の声が優しくて、暖かくて。
思わず、彼を見てしまった。
駄目なのに。
目を合わせては駄目なのに。

「っ」

囚われた。
彼の灰色の瞳に。
もう、私は目を逸らせない。

だけど……

「……泣くなよ」

嗚呼、また心配させてしまった?
だけどね、許して。
貴方の瞳が、とても暖かいから。
貴方の声が、とても優しいから。

安心せずには居られない。

「ご、ごめ……止ま……ないの」

私のつまらない不安の所為で、貴方に気を使わせたくない。
それなのに、


涙が止まらない。

「……言ってみ?お前が気にしている事」

ふわり、と抱き締められた。
体温が、心音が、伝わってくる。

とても、

暖かい。

「……夢を、見たの」
「夢?」
「うん……皆が離れ離れになっちゃう夢。
 リリーやジェームズ、リーマスにピーター……シリウスまで」

思い出すだけで涙が込み上げてくる。
あの夢の中で私は、孤独になってしまった。

「……離れて行っちゃうの」

皆が私を置いて、どこか遠くに行ってしまう。
『待って』と縋りつく私がとても滑稽で、悲しくて。
人間ずっと一緒に入れるわけが無いと判っていても、
やはり望んでしまうんだ。



離れたくない、と。


「人間は、いつしか離れて行くもんだ」

ゆっくりと、言い聞かせるようにシリウスは言った。
それは、とても残酷な言葉。
少なくとも、今の私にはそう感じた。
けど。

「だけどな、心まで離れて行くとは限らない」

嗚呼

もう

本当に。

何故この人は、私が欲しかった言葉を言ってくれるんだろう。
渇望して、諦めて、疑って。
この言葉をどんなに自身に言い聞かせても信じられなかったのに、
この人に言われると不思議と……信じる事が出来てしまう自分が居る。


もう……

どうしてくれるんだ。

シリウスの所為で、

涙がまた溢れてきちゃったよ。

「それに、誰がお前から離れて行こうとも、俺は絶対にお前から離れないから」

寧ろ離れてやらないから、とシリウスは言った。
この人は知っているのだろうか。
私が貴方の言葉に、幾度も助けられた事を。
……恐らく彼は気付いていないだろう。

「あり、がと……」

呟く様に言えば、彼は長い人差し指で私の涙を掬った。

「……泣くなってば。俺はお前の笑顔が一番好きなんだから」

ほら、まただ。
いつも救われるのは私の方。
いつもその笑顔に救われる。

「……愛してる、
「……うん。私も愛してるよ、シリウス」



人間はいつしか離れてしまうものだ。
ずっと一緒など、無理な話だ。
だけど、心まで離れて行くとは限らない。
遠く離れていても、心は繋がっているから。
それに……無理と決め付けるのも止めなくては。
私は挑戦してみる。
ずっと一緒に居る、という事を。






愛しい彼と共に。







周りがいつしか離れても、貴方とは絶対に離れない。



(嗚呼、それは理想的な未来像ね。)