自室に戻ってきたとリドルの二人は、取り敢えず各々のベッドに腰を落ち着かせた。 「ううー……頭痛ぇー」 「病み上がりに無理するからだよ。夜の散歩だなんてとんでもない」 「あー……まぁ、それもあるだろうけどな?」 痛い痛いと呻くに、リドルは呆れたように肩をすくめた。 彼の言い分は尤もな事である。 しかし、の頭痛の原因はそれだけではなかった。 恐らく精神的なこともあるのだ、と思う。 「……そういえば、」 「んー?」 「……彼とは……Mr.ハグリッドとはどんな関係なの?」 私達に革命はいらない 07「あー? あいつは夜の森仲間……基、友人だけど?」 「ふーん。なに話してたの?」 「何って……世間話とか? って、何でそんなこと聞くんだよ」 「……別に」 「いや、別にって……理由になってねーし」 訝しげに眉を顰め、はリドルを見た。 何をそんなに疑っているのか、今のリドルはその紅い双眸に疑心を宿らせている。 そしてその眼差しを向けられているのは、彼のルームメイトであり今や親友と言っても過言じゃないその人だ。 自身、認めるのは癪だが彼に信頼を置いている。 少なくとも、朝昼晩ともに行動し、寝床を同じ部屋にしても安眠できるほどは。 何故疑いの眼差しを自分に向けるのか、と。 じっとビー玉のような二つの紅を見つめて、ふとはひとつの考えに行き当たった。 にやり、とは意地の悪い笑みを浮べる。 若干苛立たしげな彼に、気付きもせずに。 「あ、もしかして嫉妬かー? なんだぁ、リドルにも可愛げってもんがあんじゃん。オレがいなくなって寂しかったんでちゅかー? なんてな!!」 「……うるさいよ」 そう言って、リドルは自分のベッドから立ち上がった。 怒ったのだろうかと、は首を傾げる。 そんなに向かって、リドルは遅くも早くもない速度で歩み寄った。 そして、の細い腕を掴んで勢いよく立たせたのと同時に、距離を一気に縮めた。 「ちょっ、なに、んっ……」 リドルの顔が近くなったと思ったら、次の瞬間には柔らかいモノがの唇に触れていた。 あまりにも急なことで、呆然としてそれを受け入れる。 一拍置いて、冷たいリドルの唇は離れた。 「お前……一体何を……」 「黙って」 「――!?」 角度を変え再び、今度は先程より烈しく、リドルの唇がのそれに押し付けられた。 右手での頭を固定し、左手でが逃げないようにその細い腰を抱く。 はといえば、混乱していて現状を把握し切れていなかった。 何故、リドルの顔がこんなにも近い位置にあるのか。 何故、リドルは自分を抱いているのか。 何故、何故、何故――。 その時、温かいものがの唇を割って侵入してきた――。 「んなことさせねぇよこの糞野郎がぁぁああぁ!!」 間一髪(若干手遅れな気はするが)、は正気を取り戻し、リドルの鳩尾を思い切り蹴り飛ばした。 油断していたリドルは、すぐに体制を整えたものの、見事にの蹴りがヒットしてしまった。 眉を顰め、痛みに堪えるリドル。 「っ……、もう少し手加減というものを知って欲しいな」 「けっ、変態野郎に手加減なんか必要ねぇし」 ぐいっと唇を強く拭いながら、は淡く笑った。 しかし、その眼は笑っていない。 剣呑な色を宿し、リドルを睨んでいた。 「……何で、こんなことしたんだ」 「さぁ……自分でも判らないな。出来心ってやつじゃない?」 「っ、お前……歯ァ食い縛れぇえぇ!!」 リドルの言葉で頭に血が上ったは、彼の胸倉を掴んで渾身の力を込めて殴った。 ――はずだった。 実際にはその拳は、リドルの左手によって受け止められたのだ。 受け止められるとは思いもしなかったは、驚きに眼を見開く。 「わかっただろう? 力の差は歴然。僕は男、君は女なんだから」 「くっ……」 悔しげに眉を歪め、はリドルを勢いよく突き放した。 そして、乱暴な足取りでドアに向かっていく。 一刻も早く、この部屋から出たかった。 だが、リドルに呼び掛けられ、は思わず足を止めてしまう。 今この瞬間、彼と同じ空間にいるということは耐え難いことなのに。 「何処に行くの?」 「……アンタに教える義理はないね」 ――呼び止められるのだと期待した自分が恥ずかしかった。 もう一秒たりともここには居たくない。 は拳を握り締めて、足早に部屋から出て行った。 その背中を見送った後、リドルは自嘲的な笑みを浮べた。 彼の紅い瞳には、自責の念が僅かにだが宿っている。 「……少し、やり過ぎたかな」 一人残されたリドルは、ぽつりとそう零した。 部屋を出たは特に行くところも――行けるところもなく、談話室に来ていた。 「くそっ、リドルのやつ……!!」 怒りに震えるは、だんっと拳で談話室の壁を殴った。 あいつが、許せなかった。 何より許せないのは、問の答え。 『出来心ってやつじゃない?』 ふざけるな!! 怒りに任せ、は何度も拳を壁に打ち付けた。 暫らくして痛みで頭が冷めてきたは、今は夜中だったことを思い出して拳をゆっくりと下ろす。 冷静になってみると、思い出すのは先程の出来事だった。 ゆっくりと、自分の唇を指でなぞる。 ――初めてだったのに。 「ってなに考えてんだよオレ!! そんなこと関係ないだろ!!」 そう、関係ないはずだ。 その思いとは裏腹に、リドルの唇の感触を生々しく思い出して顔を真っ赤にさせる。 (柔らかかった……) 無意識に再び、は指で唇をなぞるのであった。 「おい、。起きろよっ」 聞き覚えのある声が煩わしくて、はゆっくりと目覚めた。 地下にあるスリザリン寮には、朝の日の光など入ってはこない。 だから、朝の日の光で目覚めることはあり得ないのだ。 「んー……れなるど?」 「おはよう、。で、何でこんなところで寝てるんだお前?」 若干呆れたように緑の瞳を細めるレナルドを確認し、は緩慢な動作で上半身を起こした。 徐々に覚醒していく意識の中、は視界の中に紅の宝石を見た、気がした。 ふたつの、きれいな、きれいな、こわい、あか。 「リドル……」 「ん? リドルなら用があるって言って、先に大広間に向かったぞ」 「……そうか」 気のせいだったかと、は前髪を掻き上げた。 何故、目覚めて直ぐに探すのがリドルの姿なのだろうか。 本当は、今一番会いたくない相手なはずなのに。 自分で自分がわからなくて、酷くもどかしかった。 「? お前なんだか変だぞ。ぼーっとしてさ」 「……ああ」 心ここに在らずなに、レナルドはやはり変だと眉を顰める。 変と言えば、今朝のリドルも様子がおかしかった。 表面では普通を装っていたが、浮かべる笑みにどことなく覇気がなかった気がする。 それはきっと、付き合いが長く深いレナルドにしかわからない、微々たる変化でしかないが――。 「お前ら、喧嘩しただろう」 一気に、の意識は目の前の少年に集中した。 喧嘩、というのは若干語弊があったが、強ち間違いでもなかった。 核心に近い部分を突かれ、は金魚のようにぱくぱくと口を開閉させる。 言い訳したくても、言葉がでなかったのだ。 その様子を見て、レナルドはやはりと苦笑した。 「図星、か」 「っ、だったら何だってんだよ」 「いや? お前らが喧嘩しようがしまいが俺は痛くも痒くもないけど、お前らは……そうじゃないだろ?」 そう言ったレナルドの声は優しかった。 確かにリドルが自分にした仕打ちは、今はまだ許せそうにない。 しかし、ずっと気まずいまま、というのもは嫌だと思ったのもまた真実。 このまま泣き寝入り、だなんて自分らしくない。 自然と、拳に力が入った。 「答えは出たか?」 自分に問いかける優しい声に、は眼を伏せて首を横に振った。 だけど、と。 「……あいつから逃げるのは、止めようと思う」 そう言った彼女の表情は、晴れ晴れとしていた。 実に、澄み渡った青空のように。 そして。 ありがとうと微笑んだの背中を、レナルドは複雑な思いで見送ったのであった。 |