―嗚呼、眩しい。 そう思ったのは君の笑顔に対してか。 それとも“あの日”の空の蒼さに対してか。 「ねぇ、シリウス」 「ん?」 窓の外を無言で見つめていた彼女が、急に俺に話しかけてきた。 俺はソファーに座ったまま、取り敢えず相槌を打つ。 彼女は未だ窓の外を見つめながら、再び口を開いた。 「あの日もこんな空だったよね」 彼女が紡いだ言葉に、俺の視線は窓の外へと行く。 だが、“あの日”というのがいつの事なのか、俺は理解していなかった。 そもそも、“あの日”だけでは言葉が足りないんだ。 彼女の言葉に俺は問う。 「あの日っていつだ」と。 そう問えば、彼女は目を大きく見開いて振り返った。 しかし、その表情は直ぐに曇りだす。 「……忘れたの?」 いつもより心成しか少し低い声で、彼女は俺に問い返す。 忘れた? 違う。 君の言葉が足りないんだ。 思えば君は、主語が無い時が多い。 言葉が足りない時が多い。 だから“あの時”も、俺は危うく騙されそうになったんだ。 そう、今日みたいに空が蒼く美しかったあの日…… あの日? 「“あの日”ってもしかして、お前が俺に告白した日?」 思いついた事を言葉にして答えると、彼女は表情を曇らせたまま頬を染めた。 図星か。 俺は口の端を吊り上げる。 嗚呼、確かに。 あの日も今日みたいな空の蒼さだった。 目を瞑り、追憶に思考を浸す。 あの日、俺は余りの天気の良さに惹かれて外で散歩をしていた。 (あー……ジェームズ達を誘えば良かったぜ。 こんな天気の良い日は、外で体を動かすに限る) 行く当てなど無く。 ただ、空を見上げながら歩いていた。 蒼く、透明感のある綺麗な空だと思った。 だが、考え事と空を見上げていた所為で前方の障害に俺は気付かなかった。 気付いた時には、既に障害物と衝突していた。 「痛っ……」 「いてぇ……」 腕を擦る。 瞬時に、誰かと衝突したんだな、と理解できた。 目の端で揺れる栗色の髪。 「ちょっと……前を見ながら歩いてよね、シリウス」 「お前こそ……もう少し自己主張しながら歩けよ、」 「あら、仕様が無いじゃない。空を見ながら歩いてたんだもん」 「ばっ…………人のコト言えないぞ、それ」 自分の額を擦る。 どうやら俺の腕に額がぶつかったらしい。 ふわり、と栗色の髪が風で靡く。 俺よりも30センチ小さい彼女。 俺が、惚れている少女。 「……な、なにするのよぉっ!!」 ガシガシと、乱暴に彼女の頭を撫でる。 優しく撫でるには、少し気恥ずかしくて。 意地を張って、素直になれない俺。 嗚呼、甘酸っぱい。 俺の行動で一々反応してくれる彼女が愛しい。 本当は、頭を撫でるだけじゃ足りないんだ。 本当は………… 抱き締めたい。 「…………シリウス?」 上目遣いで彼女が見てくる。 思わず俺は口元を押さえた。 いや、別に鼻血が出そうな訳ではないけど。 まぁ、なんだ。 こんな顔を見せたくないんだ。 こんな……茹蛸みたいになった顔。 「あー……おう。良い……天気だな」 って、なに変なコト言ってんだ俺。 いや、確かに良い天気ではあるけど……。 でもこれじゃ、散歩してる老人が友人に会って、その友人に話しかける時の言葉みたいじゃないか。 ん? それじゃあ、何だ。 俺は爺臭いと? 「……なんか、さっきから変だよ?シリウス」 「ああ、俺もそう思う」 思わず、笑いが零れた。 ジェームズを誘わなくて良かった、と思う現金な自分が可笑しい。 だが、こんな天気の良い日に野郎と探索より、想い人と散歩の方が数倍良いに決まっている。 アイツだって俺と散歩するより、エバンズとデートの方が良いに違いない。 ま、ジェームズとエバンズがデートだなんて、天と地がひっくり返っても無理だと思うけどな。 「でも……本当、良い天気だよねぇ」 彼女がポツリと呟いた言葉に、俺は再び空を仰ぐ。 一切の曇りも無い、見事な碧空だった。 燦々と照る太陽に、思わず目を細める。 「ああ、眩し過ぎるくらいだ」 うん、と頷く彼女に俺は目を向けた。 手を伸ばせば届く距離に居る。 俺が思いを告げたら、彼女はどんな顔をするだろうか。 この距離が、酷くもどかしい。 「ねぇ、シリウス」 「ん?」 「……もし、私が……」 言いかけて、は俯く。 物凄く気になるところだが、ここは我慢強く待つ事にする。 ややあって、彼女は顔を上げた。 何かを決意した面持ちで。 「君の事を好きだと言ったらどうする?」 …………。 頭が、真っ白になった。 何の言葉も浮かばない程。 それは、途轍もない衝撃だった。 「…………スキ?」 やっと出てきた言葉がこれだった。 妙な発音をした俺に、目の前のは少し表情を和らげた。 「うん。あー……つまりね、私は君の事が好きなのですよ。シリウス君」 照れ臭そうに笑った彼女を見て、眩しいと感じたのは何故だろう。 そう。 この空のように、彼女の微笑みは眩しかった。 「…………えーっと…………………マジで?」 「マジで」 「あー……ドッキリとかじゃなく?」 「ドッキリとかじゃなく」 真剣な顔付きで、俺の言葉に相槌を打つ彼女。 その意味を理解した時、俺は顔が赤くなるのを感じた。 衝動的に、俺は彼女を抱き寄せた。 小柄な彼女の身体は、俺の腕の中にすっぽりと納まる。 その事実が、堪らなく愛しいと感じてしまう。 「 俺も、の事が好きだ 」 そう言えば、彼女は肩を震わせ始めた。 聞こえてくるのは、小さなしゃくり声。 そんな彼女が可愛らしいと思ってしまう俺は、変態染みているだろうか? そっと、彼女の頭を撫でる。 今度は優しく。 先程までは、こんな風に撫でる事が出来るなんて思っても見なかったと言うのに。 「 シリウス 」 「ん?」 が俺を見上げる。 目元に堪った雫が、太陽の光に当たってキラリと光った。 彼女の涙を、俺は人差し指で掬う。 ふと、の表情が和らいだ。 「 大好きッ 」 ふわりと華のように微笑んだ彼女は、どんなモノよりも眩しかった。 意識を現実に戻し、俺はゆっくりと目を開けた。 すぐに視界に入るのは、己の愛しい人。 何よりも輝いていて、可愛らしい。 俺の一番大切な人。 「あれ、起きたんだ?」 窓の外を見つめていたが、俺に目を向ける。 別に寝てない……。 そう言うと、はくすくすと笑った。 明らかに寝てたよ、と。 まぁ、確かに寝ていたような気もする。 追憶していたはずが、いつの間にか寝ていたらしい。 「夢を見た」 「ユメ?」 行き成りの話題に、は首を傾げた。 そんな彼女の仕草が、俺の心臓にクリーンヒットする。 全く……寿命が縮まるじゃねぇか。 吐血モノだぞ、吐血。 「ああ。少し前のな……出来事の夢さ」 「ふーん?余程楽しい夢だったんだね?」 「……なんで?」 「シリウス、笑ってたから」 寝てた時にね、とは微笑んだ。 過去の記憶の彼女の微笑みと、現在の彼女の微笑みが重なる。 ―嗚呼、なんて眩しいんだ。 そう思わずにはいられない微笑みだった。 「……よし、今日は外で散歩でもするか!」 「え……イキナリ何よ」 「天気が良い時は散歩だ!行くぞ、!!」 「なッ……!!ちょっと待ちなさいッッ!!!!」 |