ああ、神様。 いらっしゃるのならどうか、この状況を打破する案を私めにお授け下さい……!! ……今すぐに。 「、いい加減に諦めたらどうですか」 「はっ!!その言葉、そっくりそのままお返し致しますっ!!」 と呼ばれた少女はパイナップル頭の少年に、鼻で嗤ってそう言ってやった。 ただ、今の彼女に余裕というものは皆無に等しかった。 背後を気にしながら、奴が追いつかないようにと必死で走っている。 だが、一定の距離を保ったまま、彼は息も乱さずに追って来る。 むしろ、この状況を楽しんでいるようだった。 この変態がっ!!と胸中で毒突いて、は速度を上げた。 必死に腕と足を動かす。 嗚呼、いい加減にしてくれ。 そう思いながら、はこの状況になった原因を思い出す。 時を遡って一時間ほど前。 は沢田家の夕飯にお呼ばれしたので、手伝うために指定された時刻の七時より二時間ほど早い五時に家を出た。 夏の夕方はまだ明るく、は暮れゆく夕日を眺めながら沢田家へと向かっていた。 沢田家まであと数メートルという所で、彼女は沢田家の前で佇む姿を見つける。 黒曜中の制服を纏ったその少年は、夕日に照らされ寂しげに見えた。 その姿が今にも消えそうで、は思わず少年に近づいていた。 近づいてきたに目を向け、少年は瞬間的に人当たりの良さそうな笑みを浮べる。 「僕に何か用ですか?」 「あ、いや……この家に何かあるの?」 そう問い返すと、少年は笑みを濃くして再び家に視線を戻した。 「ええ……まぁ、知り合いが」 「ふーん……呼んで来ようか?誰?ツナ?」 「……君はあの男……沢田綱吉と知り合いなんですか?」 急に見つめられ、は言葉を詰まらせた。 なんだこの美形は、と。 それに、右の赤い瞳がとても綺麗だ。 「え、まぁ、うん」 「……そうですか。名前は?僕は六道骸といいます」 「ん?ああ、私は。」 がそう名乗って微笑んだ瞬間、行き成り腰に手を回され引き寄せられた。 避ける暇もなく、は骸の成すがままとなる。 驚きで目を見開いて固まるの頬に触れ、骸はにっこりと微笑んだ。 「僕と契約しませんか?」 「………………はぁ!?」 「まぁ、君に拒否権はありませんが」 いやいや、そんな満面の笑みで言われても。 身の危険を感じて冷や汗をかきながら、は思った。 そういえば、とは思い出し始める。 ツナ達から『六道骸』という男の存在を聞いた事があった。 確か、“あの”刑務所を脱獄し、世界滅亡を図る男。 ツナに敗北した後、復讐者たちに連れ去られたと聞いたが……。 だったら何故ここに居るのだ? は募る疑問に顔を顰めた。 「あんた、何でここに居るの」 「おや、僕がここに居てはいけませんか?」 「当たり前でしょ!!だってあんたは……!!」 の言葉を遮るかのように、骸は三叉槍を彼女に突きつけた。 言葉を飲み込んで、は身体を引こうとする。 しかし、がっちりと腰を掴まれていて身動きが取れない。 くっ、と悔しげに骸を睨みつける。 「大丈夫、ほんの一瞬ですよ。少し痛いかもしれませんが」 ――六道骸は自身の持っている武器で相手を傷つけることでその相手に憑依する。 の脳裏に、リボーンが言っていた言葉が浮かぶ。 武器とは恐らく、この三叉槍のことだろう。 早くこの場から逃げなくては。 「……お生憎様、私はあんたと契約なんてしないわ」 「クフフ、強がりを」 「さぁ?どうかしら?」 そう言って、は美しい微笑を浮べた。 一瞬、骸の腕の力が緩む。 だが、その一瞬の隙を突いて、は骸の腕から擦り抜けた。 そして、一気に走り出す。 沢田家に迷惑を掛けてはならない。 自分の力で何とかできるとは思わないが、やれるところまでやろう。 そう思い、は走った。 走りには自信があるは、骸が疲れて追いかけて来なくなるまで逃げようと考えたのだ。 謂わば、体力勝負だ。 そして、冒頭へと至るのであった。 (だ、誰よ……走りに自信があると思ってたのは……) 苦しさと悔しさで目元に涙を滲ませ、は自分を責めた。 こちらは必死で走っているのに何だ、あの男の余裕は。 息切れひとつなく、を追いかけて来る。 恐れを通り越して、むしろ憧れさえ覚える。 どうやったら、その異常な体力を手に入れることが出来るのか。 是非、教えて頂きたいものだ。 「はぁはぁ……も、もう無理……」 そう呟いて、は地面へと前のめりに倒れていく。 次の瞬間訪れるであろう衝撃に、は目を閉じて備えた。 だが、いつ待ってもその瞬間が訪れることは無かった。 ゆっくりと目を開けてみると、自分を支えてくれている力強い腕に気付く。 顔を後ろへ向けると、先程まで数メートル後ろに居た骸の顔があった。 「大丈夫ですか?」 「う、うん……ありがと」 すぐに三叉槍で傷付けられるかと思ったが、骸はの考えとは違う行動をした。 を支えながら、ゆっくりと地面へと座らせたのだ。 息を乱したとは対照的に、骸は少しも呼吸を乱していない。 「すみません、少し本気になってしまいました」 「い、いや、あの、もういいの?」 「え?」 「契約、諦めてくれたの?」 そこまで言って、は自分が墓穴を掘ったことに気付く。 このまま黙っていれば、何もなく無傷で帰れたかもしれないのに。 嗚呼、と頭を抱えて自分の考えの甘さを呪った。 すると、「クフフ」という笑い声が聞こえてきた。 顔を上げると、心底楽しそうに笑う骸が居た。 は驚いて、思わず頭が真っ白になる。 「君は本当に面白い。わざわざ自分が不利になることを言うなんて…………気に入りました」 「へぇー……へ?」 「急に走り出したのも、僕をあの場所から引き離す為だったんでしょう?」 「あ、いや、それは……」 口籠るを見て、骸はさらに笑みを深くした。 そして、の腕を掴んで彼女を自分に引き寄せる。 すっぽりと骸の腕の中に納まったは、高鳴る鼓動を感じながら固まった。 この現状が理解できず、ただ彼の温もりを感じていた。 「どうやら、もう限界のようです」 「え?」 ぽつりと漏らした骸の言葉に、は首を傾げた。 彼がとても儚げな声だったので、は不安になる。 このまま消えてしまうのではないかと。 思わず、彼の服の袖を掴んでしまった。 「……また会えますよ」 「あ……骸……!!」 骸の身体から霧が出てきて、彼の姿を隠した。 そして、霧が晴れた頃には骸はそこには居なかった。 居たのは、と同い年くらいの眠っている可愛らしい少女だった。 恐らく、彼はこの少女の身体を借りて実体化していたのだろう。 そう、は考えた。 「……ふぅ。さて、どうしようか」 この眠った少女を放っておく訳にもいかない。 取り敢えず、は少女を起こすことにした。 結局、が沢田家に訪れたのは指定された時刻を三十分ほど過ぎてからだった。 チャイムを押すと、綱吉がを出迎えた。 彼の後ろからは獄寺と山本、そして京子とハルの姿が見えた。 「おい、遅いぞ!!十代目をお待たせするんじゃねぇ!!」 獄寺の声が聞こえ、は「はいはい」と言いながら扉へと向かった。 中へ案内され、はどうして遅くなったのかと獄寺に問われた。 本当のことを言おうか迷ったが、は微笑んでこう言った。 「悪いパイナップルにつかまってたの」 「はぁ!?」 「…………パイナップル」 の言葉の真意を、皆は解っていないようだった。 だが、綱吉だけは顔を蒼くさせて呟いた。 その様子に、は思わず笑みを零す。 『……また会えますよ』 そう、きっとまた会える。 その日は恐らく遠くないはず。 |