「お迎えに上がりました、ボンゴレ十代目・沢田綱吉さま」

彼女との再会は、高校の卒業式が終わって帰宅したとき。
玄関の前で佇む、見覚えのある少女。
三年ぶりに見た彼女は、とても美しくなっていた。
黒いスーツを身に纏い、大人の女性へと変わっている。
とうとう、か。
覚悟は決めていた。
だから、この日が来ることも知っていた。

「……久しぶり、

そう言うと、は無表情を少し緩めて「はい」と頷いた。
三年前、中学卒業とともにイタリアへと帰国した
その時まではオレと対等に接してくれていたのに。
今はオレに対して敬語を使っている。
中学二年生のとき並盛中に転入してきたを、父さんは「いずれお前の目付役になる子だ」と紹介した。
きっと今日も、父さんに言われてオレを迎えに来たんだろう。

「今日は卒業式でお疲れでしょうから、出発は明日になりました。今日のうちに、ご友人方とお別れをお済ませ下さい」
「うん、ありがとう」

彼女はオレの体を気遣って、恐らく出発を明日に延ばしてくれたのだろう。
申し訳なさと嬉しさで苦笑しながら、オレは彼女にお礼を言った。
すると、彼女の頬は見る見るうちに赤くなり、熟れたリンゴのようになった。

「い、いえっ、ボスの健康に気を遣うのも私の役目ですので。そ、それでは……」

急に動きが硬くなったかと思えば、彼女は急に帰ろうとした。
オレは引き止めるため、彼女の腕を掴む。

「待って!!あ、その…………うちに、泊まったら?」
「え……?」

首を傾げるに、オレはいけない事をしているように感じて目を逸らした。
いや、家には母さんも居るしリボーンやフゥ太だって居るけど、何だか一人暮らしの自分の部屋に彼女を連れ込むような感覚に襲われた。
羞恥心で顔が火照るのを感じる。

「あ、いや、ほら、母さんも久しぶりにと話したいんじゃないかと思ってさ」
「……奈々さんが……?」
「うん、駄目かな?」

そう問うと、彼女は思案するかのよう視線を伏せて沈黙した。
久しぶりの再会だというのに、このまま彼女を帰してしまうのは惜しい気がしたのだ。
オレは高鳴る鼓動を彼女に悟られぬように、必死で「いつも通り」を装う。
暫らくして、彼女が視線をオレに移した。
急だったので、少しドキッとしたのは秘密だ。

「皆さんがご迷惑でないのなら、お言葉に甘えさせて頂きます」
「じゃ、じゃあどうぞ。中に入って」

微笑んだ彼女が余りにも可愛くて、オレは誤魔化すようにを家へ招き入れた。
家に入るとすぐ、オレの帰宅に気付いた母さんがやって来た。

「ツっ君、おかえりなさ…………あら、ちゃん!!久しぶりねぇ」
「……ご無沙汰しております、奈々さん」

の表情が柔らかくなった。
母さんはの腕をとって、家の中へと引き入れた。
オレはそんな二人の後姿を見ながら、密かに安堵の溜息を吐く。
あのままずっと二人きりだったら、オレの心臓はきっと耐え切れなかっただろう。

「ツナ、明日の用意はしたのか」

不意に名前を呼ばれて、オレは声の主の方を向く。
そこにはよく見知った姿、オレの家庭教師がいた。

「リボーン……ううん、まだやってない」
「本当、お前は何年経ってもダメツナだな」
「……そうだね」

本当に、オレはいつまで経っても成長しない。
好きな子に想いを伝える事すらできないなんて……。
自分の不甲斐無さを嗤いながら、オレはと母さんが向かったリビングへと進んだ。

「今日はご馳走なのよ〜。ちゃんもいっぱい食べてね」
「は、はい……ありがとうございます」

食卓にはずらりとご馳走が乗っていた。
頑張りすぎだよ、母さん。
そう言いたいのを堪えて、オレはの隣に座った。
少しすると、フゥ太が「ツナ兄ぃ〜!!」と叫びながらやって来た。

「おかえりツナ兄……あー!!ちゃんだ!!」
「フゥ太、久しぶり」

駆け寄ってきたフゥ太に、は懐かしむように頭を撫でる。
それを嬉しそうに受け、フゥ太は食卓についた。
フゥ太に続きランボも座り、最後にリボーンと母さんが席についた。

「じゃあ、ツっ君の卒業とちゃんとの再会を祝して……」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「……乾杯」

恥ずかしそうに俯いた彼女の小さな呟きを、オレは確かに聞いた。



 + + + + + +



「ありがとうございます、綱吉さま」
「……あのさ」
「はい?」

客間に案内すると、はオレに礼を言ってきた。
“綱吉さま”と呼ばれることが酷く苦しく、オレは彼女にはそう呼ばれたくないと思った。
首を傾げるに、オレは小さく苦笑して口を開く。

「その……昔みたいに“ツナ”でいいよ。その方が嬉しい」
「……そんな……恐れ多い、です」

悲しげに笑って、はそう言った。
緑色の瞳は、切なげに伏せられている。

「なんで?」

全てが不思議で、思わず彼女に問うた。
何故、昔みたいに“ツナ”と呼んでくれないのか。
何故、他人行儀のように硬い敬語なのか。
何故、そんなに悲しそうなのか。

「……立場が、違います。私は貴方に仕える身。貴方は……ボンゴレ十代目なのです。自覚をお持ち下さい」
「…………そんなの……そんなの嫌でも感じてるさ。オレはボンゴレ十代目で、明日にはイタリアへ行って正式に九代目から後継者としてボンゴレの皆に紹介される。覚悟なら、とっくの昔に決めたよ」

そう、覚悟は決めてる。
そして、もう戻れない事も嫌でも感じてる。
だけど、やっぱり怖いんだ。
オレなんかが、ボンゴレファミリー皆のことを守っていけるのか……。
とても、不安なんだ。
誰も失くしたくない。
だけど、本当にオレの力で守っていけるのか?

「…………大丈夫」
「え?」

ぽつり、とが呟いた言葉。
オレは一瞬、彼女が何と言ったのか判らなくて、もう一度聞き返した。
すると今度は伏せていた瞳を上げて、しっかりとオレを見据えて彼女は微笑んだ。

「大丈夫だよ、誰よりも傷付く痛みを知っているツナなら。ファミリーを守っていける……。ファミリーも、そんなツナを守ってくれるから」
……」

優しく、柔らかく微笑む少女。
久しぶりに、こんな彼女の笑みを見た。
不思議と、不安が溶かされていく。
嗚呼、オレはこんなにも彼女の事が……。

「……あ、ごめんさいっ!!私ってば十代目に無礼なことを……!!」

そう言って慌てだす
自分の失態に後悔しているようだった。
だけど、彼女は知っているのだろうか。
オレがこんなにも、彼女の言葉に救われたという事を。
それに、“ツナ”と呼ばれたことに浮かれている自分がいる。

「いや……は敬語なんて使わないで、そのままで居てよ」

オレがそう言うと、は困ったようにオレを見つめてきた。
いや、だから心臓に悪いってば。
だけど、そんな事を知らないは、何か言いたいのを我慢しているようだった。
しかし、次の瞬間には諦めたように苦笑を浮かべる。

「…………それじゃあ、私が隼人に怒られるのよ……。だけど、私もツナに敬語は他人行儀っぽくて嫌だしね。適当に使い分けるようにする」

彼女は昔と変わらぬ笑顔を浮かべ、オレに言った。
込み上げてくる嬉しさに、オレは思わず口元が緩むのを感じる。

「……ありがとう」

そう礼を言えば、は顔を赤く染めて「なに言ってんのよっ」と視線を逸らした。
そんな彼女が可愛くて、思わず彼女の頭を撫でる。

「……なんかムカつく」
「なんで?」
「だって……ツナってば身長伸びてるし。前までは見上げることなんてなかったのにさ。ずるいよね、男子って」

口を尖らせてそう言う彼女が益々愛しくて、オレは抱き締めたい衝動に駆られた。
ま、待て……!!
落ち着け、オレ。
十代目として一人前になるまでは、想いを伝えないと誓ったじゃないか。

「じゃ、じゃあ、おやすみ、
「あ、うん。……そうだ、明日は武と隼人も一緒だから……って知ってるよね。……おやすみ、私のボス」

閉じてく扉を見つめ、オレは両手で顔を覆った。
最後に見た彼女の笑みが印象に残って、頭から離れない。
はぁ……我慢できるのか、オレ?








だけど、これだけは判る。
オレを支えてくれるファミリーが居る限り、オレは絶対に逃げないってこと。









ファミリー=それは素敵な宝物(Un grande tesoro)



(イタリアの空に誓うよ。)