ねぇ、きみはいまどこにいるの?
どうかぼくをみつけて。
ここは、つめたい。


――暗クテ寂シイ。





















「……って夢を見たんだ」
「はい?」

テレビ画面を食い入るように見つめる綱吉は、テレビゲームのコントローラーのボタンを巧みな指の動きで押していた。
骸は読んでいた本から顔を上げ、眉を顰めながら首を傾げる。
約数分前。
綱吉が急にぽつりぽつりと話し出したので、どうせ大した事ではないだろうと思いながら骸は意識を半分だけそちらに傾けていた。
しかし、彼の話があまりにも意味が解らないものだったので、骸は思わず聞き返してしまう。
暫らくすると「あー!!失敗した!!」と言って、綱吉はコントローラーを放り出してそのまま床に寝転んだ。
テレビの画面には『ゲームオーバー』の文字が映し出されている。
彼の返答を催促するように、骸は「で?」と聞いた。

「んー、だから……夢を見たんだって」
「それは分かりました。僕は夢の内容を聞いているんです」

本を閉じて睨むようにこちらを見つめてくる骸に背を向けて、綱吉は目を瞑った。
浮かんでくるのは鮮明な映像。
本当に夢なのかと疑いたくなるようなまでの、確かな感覚。
あの時確かに、自分は“そこ”に居た。
濡れた肌、冷たい感覚。
真っ暗闇、何も見えない。
“そこ”は“暖かさ”とは無縁の世界だった。
だけど、“そこ”で微かに聞こえた声。
本当に小さく消え入るような声だったが、確かに聞こえた。
誰かが助けを――救いを求める声。
綱吉は骸にその事を再び話した。

「……って感じの内容だったんだ。妙にリアルで、今も感覚が残ってる気がする」

ゆっくりと目を開きながら、綱吉は呟くように言った。
殆ど、独り言に近いものだった。
その深い琥珀色の瞳に見慣れた白い天井を映し、綱吉は静かに息を吐き出す。
そんな彼を、赤と青のオッドアイが見つめていた。
まるで、信じられないものでも見るかのような眼で、骸は綱吉を見る。
それを視界の隅で感じ取った綱吉は、ごろんと寝転がったまま骸の方を向いた。

「どうしたの?」
「……いや、何でも……無いです」

そう言って、骸は綱吉から眼を逸らした。
その態度が不審で、綱吉は思わず眉を顰める。
明らかに動揺している骸に、綱吉は上半身を起こして首を傾げた。
オレ、変なこと言ったか?と。
しかし、手を顎に当てながら何事か考えている骸は気付かない。
綱吉は再び床に寝転んだ。
白い天井を見ていた綱吉だったが、暫らくすると睡魔が彼を襲った。
天井が翳み、体の力が抜けてくるのが分かる。
うつらうつらとしていると、昨夜見た夢の残像が蘇ってきた。



――暗クテ寂シイ。



切なげなその声は、どこか聞き覚えがあった。
聞いているこちらも胸が苦しくなってくる。
嗚呼、オレは知っている。
この声の主は、オレのよく見知った人物だった。
何で忘れてたんだろう。
夢を見ていた時には、確かに覚えていたのに。
自分の情けなさに、ほとほと呆れた。

思い出せば、不思議と眠気は醒めていった。
綱吉は再び、ゆっくりと目を開く。
横目で骸を見ると、彼はまだ考え事をしているようだった。

「なぁ、骸」
「……何ですか」

綱吉が声を掛けると、骸は漸く我に返ったようだった。
一拍置いて、骸はやや強張った声で返答する。
ほんの些細な変化だったが、綱吉は聞き逃さなかった。
上半身を起こして、彼は骸に向き直る。
不思議そうなオッドアイを見つめ返し、綱吉はふわりと柔らかい笑みを浮べた。
瞬時、骸の色違いの眼が大きく見開かれる。

「オレはここに居るよ」

え、と小さく骸の唇から零れた。
それに微笑みを深くして、綱吉はゆっくりと骸に近づく。
近づいて来る綱吉を、心底不思議そうな表情で骸は見つめていた。
綱吉が自分の目の前に来て、やっと正気に戻った風だった。
そっと、綱吉はオッドアイの少年の頬に触れる。
戸惑ったように揺れる左右色違いの瞳は、微笑む綱吉を映していた。

「骸、オレはここに居る。お前の目の前に居るよ」
「……そんなの分かってますよ」

――逸らせなかった。
優しげに微笑むその琥珀色の瞳から、骸は眼を逸らせなかった。
見られたくない部分まで見抜かれそうで、彼はその瞳から一刻も早く眼を逸らそうと思った。
だが、その美しく愛しい琥珀色の瞳に優しく見つめられ、骸はただ見つめ返すことしか出来ない。

「そう……それなら良かった」

頬から伝わる温かい熱に、骸は静かに手を重ねた。
心地良い。
こんなにも安心するのは何故だろう。
彼の微笑みが、彼の体温が、彼の存在が。
なんて心地良く、温かく、そして愛おしいのだろう。
もっと熱を感じたくて、骸は綱吉の細い手首を引き寄せた。
バランスを崩した綱吉は、すっぽりと骸の腕の中に納まる。

「ちょっ……むく……」
「寒いんです」

顔を赤く染めて抵抗を試みる綱吉の言葉を遮り、骸は少し震えた声で言った。
大人しくなった綱吉にもう一度「寒いんです……」と今度は消え入るように言い、骸は綱吉を抱き締める力を少し強くした。
息苦しさを感じながらも耐えられない程ではなかったので、綱吉は骸の頭をあやす様に撫でる。
まるで、母親に縋り付く子供のようだ。
暫らく骸の頭を撫でていた綱吉だったが、再び「さむい」といじけた様に言った骸に微苦笑を漏らして、彼の身体を抱き締め返した。

「こうすれば温かいだろ?」

優しく包み込むように骸を抱き締め、綱吉は言う。
自分を温かくしてくれる存在に、骸は小さく頷いた。
その反応を感じ、綱吉は微笑みながら静かに目を閉じた。


































ねぇ、きみはいまどこにいるの?

『オレはここに居るよ』


どうかぼくをみつけて。

『お前もここに居るじゃないか』


ここは、つめたい。

『こうすれば温かいだろ?』








……ああ、ほんとうだ。














――君は温かい。









ねぇ、


きみはいまどこにいるの?




(嗚呼、ずっと其処に居てくれたんですね。)