「知ってるかい、?
女は愛し愛されてこそ美しくなるんだって。良かったね」
にっこりと妖艶に微笑む紅い瞳の少年に、哀れな少女はこう言い返した。
こんな目に遭うくらいなら美しくなれなくて良いっ!!
…………と。
時は数日前に遡る。
「むふふ〜♪これでブライアンは私のものよ!!」
薄暗いスリザリンの談話室で、ほくそ笑む少女が一人。
彼女は満面の笑みで、いそいそと手紙を書いていた。
近くには綺麗にラッピングされたクッキー。
しかも今なら漏れなく媚薬入りという(嫌な)特典付き。
彼女ほど『恋する乙女は恐ろしい』という言葉が似合う者は居ないだろう。
「えーと……《貴方の靡く艶やかな黒髪、血のような深紅の唇。
思わず襲いたくなりま》………こんな事書いたら絶対退かれるわ」
やり直し、と言っては新しい羊皮紙を取り出そうとする。
しかし新しい羊皮紙が無い事に気付く。
五回も書き直した所為で、羊皮紙が底をついてしまったのである。
羊皮紙をラブレターにするなよと思うかもしれないが、ここは乙女の事情だと思って割り切ってほしい。
「あーあ、紙無くなっちゃった。取りに行かなきゃ……」
そう呟いて、はどっこいしょと大儀そうに立ち上がった。
都合の良い事に、今の談話室には誰も居ない。
誰かが来る前に書き上げてしまおうと、は急いで自室に向かった。
ラッピングされた媚薬入りクッキーを残して。
+ + + + + +
が談話室に戻ってみれば、彼女が陣取っていた暖炉の前のソファーに人影がひとつ。
一瞬ぎょっとしたが、人影の正体が『彼』だと気付き、はほっと安堵の息を漏らした。
「なんだ……優等生のトム・リドルくんではないか」
そう言って、は彼に近づく。
だが、ここである違和感を覚える。
机上に無造作に散らばった羊皮紙の残骸。
使いっ放しの羽根ペンとインク。
ここまでは何も変わった所など無い。
しかし、は気付いてしまった。
綺麗にラッピングされていた筈のクッキー(媚薬入り)が、何者かによって食べられてしまっている事を。
そして、その犯人の正体にも。
「あー……り、リドル……?Mr.リドル?」
恐る恐る、は話しかける。
振り向いた彼は、どこも変わっている様子は無さそうに見えた。
そう、次の瞬間までは。
「あのさ、ここにあったクッキー……もしかして食べた?」
が問いかけた瞬間、リドルがにっこりと微笑みかけてきた。
その様子に、は一瞬ドキッとする。
あの眉目秀麗と謳われるトム・リドルに微笑みかけられてときめくなと言う方が無理な話だ。
ただ、その感情もリドルが放った次の言葉で冷まされる事になる。
「可憐だ……」
ルビーの様な紅い眼を眩しそうに細め、リドルは小さく呟く。
たが、直ぐ近くに居たにはしっかりと聞こえていた。
その瞬間、の全身に戦慄がはしった。
ぞわり、と悪寒に襲われる。
(に、逃げなきゃ……)
直感的に、は思った。
今すぐこの場から逃げないと恐ろしい事が起きる、と。
だが、脳で判っていても、身体が言う事を聞かない。
まるで、金縛りにあったかの様に。
その時、リドルがすっと立ち上がった。
彼のその動作に、の心臓が跳ねる。
(し、心臓に悪いよっ……!!)
蛇に睨まれた蛙とは、正にこの事。
(…………って、私が蛙!?嫌だよ!!せめてマングースにして!!)
「、マングースの方が蛇より強いんだよ。だから、君じゃマングースは役不足だ」
「へぇ……って、人の心を勝手に読まないでくれるかな!?リドルくん!?」
「そうだね……は兎とかが似合うと思うよ」
「あ……ありがと……って、人の話を聞けぇぇぇぇぇええ!!!!」
微笑みを絶やさないリドルに対し、は怒りで息を乱していた。
先程、彼女を支配していた恐怖は何処かへ行ってしまった様だ。
「うん。僕が蛇だと言うなら、君はやはり小動物だよ。蛙も良いけど……僕は生憎好きじゃないんだ」
「誰もアンタの好みなんて聞いてないっ!!」
「ほら、蛇って小動物を捕食するじゃない?だから、君も僕に食べられると良い」
にっこり、と相変わらず笑みを絶やさないリドル少年。
しかし、彼を纏う空気が変化したのをは感じ取った。
妖しく光る、ルビーの瞳。
の本能が警報を鳴らす。
そして、ゆっくりとリドルがに近づく。
「ちょ…………り、リドル?」
「何だい?」
「私、すっっっごく嫌な予感がするんだけど」
一歩リドルが近づく度、は一歩後ろへ下がる。
ここで捕まったら間違いなく、は彼の餌食になるだろう。
「大丈夫さ。最初は痛いかもしれないけど、徐々に気持ち良くなるよ」
「待てぇぇぇぇええぇぇ!!何の話をしてるのよっ!?」
「何って……セッ……」
「あぁぁぁぁあああああぁぁ!!!!もうその話は良いからっ」
その続きを言わせないよう、は奇声で遮る。
災難な一日だ、とはひっそりと心の中で呟く。
この十数分で、かなり体力が削られた気がする。
不意に、リドルが笑みを消した。
その事に、は首を傾げる。
「リドル……?」
一瞬の隙が、命取りだった。
次の瞬間にはリドルに手を引っ張られ、気付いた時には彼の腕の中には居た。
「な、離し……んっ……」
は大きく目を見開く。
それも無理はない。
リドルの唇と彼女のそれが重なり合ったのだから。
の脳がそれを理解したのと同時に、彼女は彼を渾身の力を込めて突き飛ばした。
リドルが離れた瞬間、彼女は脱兎の如く走り出した。
そして、彼の居る危ない談話室から逃げ出した。
バンッと談話室の扉が閉まる音が響く。
彼女が談話室から出て行った後、リドルが妖しげに目を細めた。
紅い瞳が妖艶に光る。
「逃がさないよ…………」
こうして戦いの火蓋が切って落とされた。
ツヅク