リドルとが仲直りしてから一週間ほど経ち、朝から城内は一段と騒がしさをみせていた。
冬休みに入ったと言うのに、この騒ぎは何なのだ、と。
寝起きのは談話室で半分夢の中に浸りながらも、隣にいるリドルに問いかけた。
返ってきた言葉はの予想外のもので、驚いて思わず大きな声が出てしまう。

「くりすますぱーてぃー!?」






私達に革命はいらない 09




「そう、って知らなかったの? 
「知らなかったわけじゃねぇけど……忘れてた」

すっかり眼が覚めたは、パーティーの準備で忙しなく過ぎていく生徒達を呆然と眺めた。
何でも今回のクリスマスパーティーはダンブルドアとスラグホーンが結託しての、結構大掛かりなものらしい。
通常はクリスマス休暇中残った者たちだけでささやかなお祝いがされているらしく、今回のようなパーティーは例外なのだそうだ。
如何にも、あのお祭好きな爺たちが好みそうな行事だ。
ふと息をつき、は隣にいるリドルを盗み見た。
今回はクリスマスパーティーがあるということで、殆どの生徒がホグワーツに残ったが、こいつもその一人なのだろうかと。
それとも自分と同じで、パーティーがあってもなくても残るつもりだったのだろうか。
本人に直接聞けば簡単にわかる話だが、もしそこに複雑な話が絡んでくるのなら話は別だ。
は考える事を止め、朝食を摂りに大広間へ向かう事にした。




大広間に着くと、ここでもやはりクリスマスパーティーの準備がされていた。
まだ完成形とは程遠いのか、点々と柊の花飾りやら蔦の花綱やらが飾られているだけだ。
これだけ見ると、酷く貧相に見える。
それでも生徒や先生が協力し合って作業をする姿は、心温まるものがあった。

夜には片付けられてしまうらしいテーブルにつき、とリドルの二人は朝食に手をつけ始める。
クリスマスの朝だからか、朝食もいつもより多少ではあるが豪華だった。

「さっすがホグワーツ!! クリスマスの朝食にも力が入ってるぜ」
「わかったから、一々騒がない。それじゃ、動物園にいる猿とあまり変わらないよ」
「あぁ!? だぁれがおサルだって!? こんなカッコイイ猿どこ探したっていねぇだろ!!」
「……ごめんね、僕には猿が全て同じように見えるよ」

憐れむ様な表情で、リドルは珍しく心から謝罪する。
それがわかってしまい、は言いようがない憤りを感じた。
失礼な奴だ!!(知ってたけど!!)
外方を向き、は黙々とローストビーフを食べ始めた。

「また喧嘩か? 朝からお前らは元気だなぁ」

そう言ってとリドルの肩を叩いたのは、欠伸を噛み締めて目尻に涙を浮べたレナルドだった。

「よお、レナルドー……お前、今夜の予定は?」
「予定って……クリスマスパーティーのことか?」

もぐもぐと口を動かすの右隣に腰をおろし、レナルドは問い返す。
の左隣では、コーヒーを飲んでいるリドルが静かに視線を流してきた。

「そーそー。エスコートする相手はちゃんと見つけたか?」

にしし、と意地悪い笑みを浮かべ、は肘でレナルドの脇腹を突付く。
気付けば、リドルもと似たよう種類の表情を浮かべ、こちらを観察していた。
絶対、面白がってる。
内心で溜息を吐き、レナルドは渋々と頷いた。

「ああ、一応な」
「マジか!! 誰々!? オレの知ってる子?」

興味津々と身を乗り出して聞いてくるに、レナルドは思わず身を引いた。
顔が近い!!
その心情を知ってか知らずか、リドルが助け舟を出した。
ぐいっとの襟元を引っ張り、元の位置に戻したのだ。

「ぐえっ……って、何しやがる!!」

のキラキラとした表情が、一瞬で曇った。
そのころころと変わる表情に感心しながらも、リドルは呆れたようににそっと耳打ちした。

「あんまり近すぎると、レナルドに正体バレるよ?」
「あ……そっか。サンキュ……」

素直に頷くを見つめ、リドルは内心自嘲していた。
正体がバレるなんて、口からの出任せだ。
本当は、彼女が、が、自分以外の男に触れるのが堪らなく嫌だったのだ。
思わず身体が動いてしまうほどに、嫌だったのだ。
この感情を、自分は知っている。
男の嫉妬は醜いと言うが、自分もそう思う。
何故なら、こんなにも烈しく、彼女が欲しいと、汚したいと――許せないと。
そう思ってしまう自分が愚かで、醜くて、情けない。
を傷付けたくない、大切にしたい、そう思うのに。
相反する感情同士がぶつかり合い、自分の中で燻り続けている。

未だ、答えは見つかっていない。

「で? 誰だって? お前のカノジョ」

どかりと座り直したの声で、リドルは現実へ引き戻された。
目の前にはにやにやと口元を緩めたと、引き攣った笑みを貼り付けるレナルド。
冷汗を流すレナルドを、は面白がっているようだった。

「や、でも、の知らないヤツかもだし……」
「知らない子なら尚更!! アイサツしなくちゃな」

うきうきと鼻歌でも歌いだしそうな笑顔で、は拳を握る。
レナルドはげんなりした様子でそれを見遣り、リドルに助けを求めるように視線を送った。
そんな友人の姿が憐れに見え、リドルはやれやれと肩を竦めて息を吐いた。

「四年生のソフィア・ランドールだよ」
「っておい!!」

まさか暴露されるとは思わなかったレナルドは、信じられないものを見るようにリドルを見た。
無情にもレナルドが隠したかった真実を言い放ったリドル本人はといえば、冷静な面持ちで優雅にコーヒーを飲んでいる。
憮然とするレナルドを一瞥し、リドルは呆れたような表情でカップをソーサーに静かに置いた。

「今言うのも後で知られるのも同じだと思うけど。だったらさっさとに教えてあげるのが君のためかと思って」
「だからって俺にも心の準備というものがありましてね……!?」
「へぇ。レナルドにそんな情緒的なものが備わっていたなんて驚きだ」

テーブルの上で握りこぶしを震わせ、レナルドはわざとらしく驚いてみせるリドルを、引き攣った笑みを浮べながら睨んだ。
しかしリドルはそんなレナルドにも動じず、梟が落としていった日刊予言者新聞を静かに開いた。

「ふぅん、また強盗だって。今度は……これは近いな。ホグズミードで起こったみたいだ」
「ああ、確か先週はゴドリックの谷でも起こってたよな。同一犯かそれとも……って話題を摩り替えようとするな!!」
「手口は同じみたいだよ。どの事件も全て共通して狼の毛のようなものが見つかっているらしい」
「だーかーらー!! ……って、どうしたんだよ、? さっきから黙りこくって」
「……?」

先程から様子がおかしいを、両隣の二人が気遣う。
俯いていて表情はわからないが、少なくとも明るい表情は浮べていないのが窺える。
あのさ、とが不意に顔を上げた。

「……なぁ、レナルド。ソフィア・ランドールって言ったよな……?」
「あ、ああ。それがどうかしたのか?」

は一瞬躊躇ったかのような素振を見せたが、次の瞬間には意を決したように唇を噛み締めていた。

「そいつ……たぶんオレの従妹だ」


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少女が扉を開くと、そこにはよく見知った後姿がソファーに座っていた。
そっとソファーの背もたれに少女が手を置くと、それに気がついたソファーに座っている主が後ろを振り返った。

「聞いたよ。レナルド・クラークにエスコートしてもらうんだって?」
「まぁね。あたしの相手としてはギリギリ合格って感じ?」

くすくすと鈴のような軽やかな笑い声が、少女の愛らしい唇から零れた。
しかし、その真意は決して甘やかなものではなく、嘲りを含んだものであった。
そんな少女に、彼女とよく似た少年が呆れたように溜息をひとつ漏らす。

「クラーク先輩と言ったら、あのリドル先輩と1、2を争う人気者じゃないか。なのにギリギリ合格?」
「うん。に近付くためじゃなかったら、誰があんなへタレ」
「……でもよくクラーク先輩がOKしてくれたね。僕はてっきり彼は……」
「交換条件を出してやったのよ」
「交換条件?」
「うふふっ。ま、言わないけどねぇ〜」
「僕に隠しごと? 君も随分つれなくなったね」
「あら、あなただってあたしに隠しごとしてるじゃない。お互い様、よ」

ぱちりと可愛らしくウインクを一つ飛ばし、彼女は部屋を後にした。
残された少年は苦笑をひとつ漏らし、天井を仰いだ。
そこには無数の偽物の星が煌めいていて、無性に笑いが込み上げた。

「まやかしだらけの世界だ」

嗤いと共に吐き出されたその呟きは、静かに闇へと溶けていった。
瞼を閉じれば浮かび上がるのは、たった一人の少女。


「……僕たちにとって、君だけが真実」



闇に吸い込まれたその言葉を知る者はいなかった。