「ほら、約束通り連れて来てあげたわよ」

偉そうに腕を組んで言うのはリリー・エバンズ。
つれて来てくれたのはありがたいが、お前の態度には寛大な俺もイラッとするぞ。
だけど、まぁ……目の前に存在する青い瞳の少女、に免じて見
逃してやる。

「り、リリー……私に会いたいって言ってる人って、もしかして……」
「シリウス・ブラックよ」

困ったように笑うに、エバンズはにっこりと微笑みかけた。
まるで愛しいものを慈しむかのように。
その姿は妹を思う姉の姿に似ていて、エバンズが如何にを可愛がっているか
が自然と伝わってきた。
ジェームズや俺に対する時の態度とは全く違う。
寧ろ、別人のようにも見えてきてしまう。
目の前のに微笑みかけるエバンズと、ジェームズにアッパーカットを食らわ
すエバンズ。
どちらが本物なのだろうか……。
いや、どちらも本物であるが故に恐ろしいのか。

「じゃ、私は寮に戻るわ。本が読みかけなの」

誰かさんの所為でね、と俺を睨んでから、エバンズはに優しく微笑んだ。




Melodia 06




「あー……数時間ぶりだな」

エバンズの姿が完全に見えなくなったのを確認してから、俺は戸惑っているであろう
青い瞳の少女に話しかけた。
は未だに状況を把握できていないのか、困ったように笑った。

「あ、そう、だね。えっと、私に……何か用事ですか?」

やや俯きながらは言った。
相当戸惑っているのが、彼女の言葉から伝わってくる。
まぁ、アレだ。
取り敢えず会話をしなくては。

「ああ……用って程でもないんだけど。ただ……」
「ただ……?」

俺が言葉を切ると、は不思議そうに深い青い眼で俺を見上げてきた。
あまりにもその瞳が綺麗で、俺は思わず見惚れてしまう。
深海のような深く、優しげな青い瞳。
その瞳に誘われるように、俺は―……。



「 会いたかったんだ 」



何も考えず、いつの間にか放っていた言葉。
気付けば、目の前の少女は赤面していた。
円らなその双眸を、大きく見開かせ。
自分が言った言葉の意味を理解した時、俺は浅はか過ぎる自分に呆れを覚えた。
自身の顔の温度が、急激に上昇するのが判る。

「あ、会いたかった、ですか……」
「お、おう」

恥ずかしそうに俯いて言う彼女に、俺は妙な相槌を打ってしまった。
何なんだ。
冬だというのに、この場所の気温は夏場並みではないだろうか。
顔の温度を冷ますように、俺は自身の手で扇いだ。
そんな事をしても、顔の温度は上昇していくばかりだと言うのに。

「わ、私も……」

が俯いていた顔を上げた。
顔は依然として紅いまま。

「……会いたかったです」

ふわり、と綺麗に微笑んだ彼女は、俺が知るどんな女よりも美しかった。
何だ、コレ。
ドクドクと心臓が脈打つ。
スポーツをやっていた訳でもないのに、何なんだ。

異常なまでに脈打つ心臓を落ち着かせる為、俺は話題を替える事にした。
でないと、狂ってしまいそうだ。

「あ、のさ……君の学年は?」
「え?」

俺が問いかけると、目の前の少女は眼を大きく見開いた。
知らなかったの?、と言いたげに。

「あ……ごめん。もしかして聞いちゃいけない事だったか?」
「…………いいえ、」

そんな事は無いです、とは首を横に振った。
少し悲しげに眼を伏せて。
そんな表情をしてどこが“そんな事は無い”なのだか。

「私は六年生。貴方と同じ学年です、ブラック」

『ブラック』。
何故だか、彼女にそう呼ばれると悲しくなった。
確かに俺は、自分の姓である“ブラック”があまり好きではなかった。
かと言って、他者に姓で呼ばれて悲しくなるかと問われれば、答えは否だ。

―……なのに。

何故が言うと、こんなにも悲しくなるのだろう。

「なぁ」
「はい?」
「…………名前で、呼んでくれねぇか?」

え、とは首を傾げた。
そんな彼女の仕草が可愛らしくて、思わず笑みを零す。
そして、俺は再び同じ台詞を放った。
名前で呼んでくれ、と。
するとはやっと理解したようで、表情を緩めた。

「はい、シリウス」

嗚呼、こっちの方が良い。
耳に心地良く、彼女の声が響く。
自然と、頬が緩む。
今この場にジェームズ達が居れば、「情けない顔だ」と笑われるに違いない表情を、
今の俺は浮かべているだろう。

「あー……そうだ、大した用も無いのに呼び出してゴメンな」
「いいえ、私は大丈夫です。それに、その…………嬉しかったですし」

再び顔の温度が上昇したようで、は火照った顔で恥ずかしそうに笑った。
思わず、彼女の紅く染まった頬を触りたいという衝動に駆られたが、なんとか理性で
押し留める。
イキナリそんな事をすれば、彼女に変態だと思われてしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
それだったらジェームズ作詞作曲の『エバンズへの愛の語り〜嗚呼、愛しい君はアッ
パーカットが得意☆〜』を一晩中聴く方がマシだと言うものだ。

不意に、彼女の襟に目が行った。
そして、愚かな俺は漸く気付く。
彼女の襟のまわりに巻かれた、自分の物と同じ色彩のネクタイ。

……君はグリフィンドール生なのか……!?」
「え?……はい、そうですけど?」

それが何か?と首を傾げる彼女を、俺は驚きが隠せない表情で見た。
そんな俺を見て、彼女は小さく苦笑したのだった。









  



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