「条件があるわ、Mr.ブラック」

にやり、と笑う彼女。
エバンズの緑色の瞳の奥では、小さく、しかし勢いの強い炎が燃えていた。

「……なんだ、条件って」

俺が挑むように言うと、彼女はふふっと小さく笑った。
心底楽しい、と言うように。
実際、彼女は楽しんでいる。
何がそんなに楽しいかは俺には判らないが、とにかく楽しんでいるのは間違いない。
彼女は焦らすように、ゆっくりと口を開いた。

「レイブンクローのタイラーに手紙を渡して来て頂戴」
「タイラーって……ラザラス・タイラーの事か?」

そう言いながら、俺はラザラスを思い浮かべる。
レイブンクローのタイラーと言えば一人しか思い浮かばない。
監督生で、教師達にも評判な優等生。
俺達と同学年の六年生で、とても温厚な奴だ。
いつも微笑みが絶えず、レイブンクローの貴公子と呼ばれている。
あ、ちなみにグリフィンドールの微笑みの貴公子はリーマスだ。
猫を被っている時のリーマスの白い微笑みは、ホグワーツの女子達を虜にする。
本人は自覚が無いようだが。

で、俺が思うタイラーで合っているのだろうか。


「ええ、そうよ。渡す時に“時は動き出した”と伝えて。はい、これ手紙」

意味深に微笑みながら、エバンズは白い封筒を渡してきた。




Melodia 05




「つー訳で、エバンズから手紙だ」

そう言って、俺は目の前のラザラスにエバンズから預かった手紙を渡した。
何が“つー訳で”かは俺自身にもよく判らないが、その辺は気にしない。
流石の微笑みの貴公子も、行き成りの俺の登場に眼を瞬かせた。
だが、“エバンズから”の言葉に、彼は顔を引き締める。
なんだか俺まで緊張してくるではないか。

「“時は動き出した”だそうだ」

伝言も忘れずに伝える。
すると、彼の表情が苦しげなものへと変わった。
ラザラスは俺の眼をちらりと見て、次に白い封筒を見据えた。
そして、ゆっくりと手紙を受け取る。

「……ここで読んでも構わないかな?」
「どーぞ。ついでに返事も貰って来いと、エバンズ女王様に言われたのでね」

はぁ、と溜息を吐きながら言うと、ラザラスは困ったように苦笑した。
それから、慎重に封筒を開く。
俺はその動作を見ながら、ふと思う。
あの手紙にはそんなに重要な事が書かれているのか、と。
全く気にならないと言えば嘘になる。
だが、部外者である俺が首を突っ込んで良さそうな話じゃなさそうだ。
面倒事に巻き込まれるのは御免だしな。
彼が手紙の文を読み終わるまで、俺は壁に寄りかかって待っていた。
そして数分も経たない内に、ラザラスは手紙の返事を俺に差し出してきた。
エバンズからの手紙が入っていた白い封筒に、自身の返事を入れて。

「これ、エバンズに渡してもらえるか?」

申し訳なさそうに苦笑しながら、彼は言う。
先程の苦しげな表情は、最早残っていなかった。

「ああ、勿論。じゃないと俺が“奴”に殺される」
「ははっ、シリウスも苦労してるんだな。この間、君の相棒がエバンズに魔法で花を
贈っているのを見たよ。大量の百合の花を出して、彼女に殴られてた」

問題の場面を思い出したのか、ラザラスはくすくすと声を出して笑った。
何と言うか……ジェームズには呆れを通り越して、尊敬すらしてしまう。
あんなに邪険にされているのによくめげないな、と。
いや……奴の場合、もしかしたら邪険にされているのに気付いていないのかも。
あり得そうで恐ろしい。
また、溜息が零れた。


「ま、頑張ってくれよ。応援してるからさ」
「へいへい。ったく、他人事だと思って…………」

呟きながら、俺は受け取った手紙を右ポケットに仕舞う。
それを確認したラザラスが、口を開いた。

「君はこれから苦労するだろうが、“動き出した時”を止める術を知らない君は道に
迷う事もあるだろう。だが、乗り越える事をやめなければ道は切り開かれるはずだ」

そう言って、彼は意味深に笑った。
俺に手紙を渡した時のエバンズのように。
眼を丸くさせている俺をちらりと見て、彼は自分の寮へと戻って行った。



+ + + + + +


グリフィンドールの談話室へと戻ってきた俺は、真っ先にソファーで寛いでいるエバ
ンズのもとへと向かった。
幸い、煩い奴等(主にバカ鹿)は居ない。

「ほら、返事」

そう言って、預かってきた手紙を渡す。
優雅に紅茶を飲みながら読書をしていたエバンズは、カップを静かに置いて手紙を受
け取った。
彼女はラザラスとは違い、少々乱暴に封筒を開いた。
そして、その緑色の瞳で文を追う。

「…………成る程ね。ありがとう、ブラック。助かったわ」
「そうか、それは良かったぜ。だったら勿論、約束は守ってくれるな?」

礼など要らない。
俺が欲しいのは、条件を満たした暁の報酬だ。
つまり、“彼女”に引き合わせてくれるという約束。

「……そうね、約束だもの。と貴方を引き合わせてあげる」

不本意だけど、と言いたげな表情で彼女は肩を竦めた。
だが、そんなの構わない。
嬉しさで、思わず口元が緩む。

「但し、興味本位で近付くんなら容赦しないわよ。は貴方と違って繊細で可
愛いんだから」

いや、可愛いは関係ないと思うんだけど。
まぁ……でも、可愛いというのは俺も思う。
という深海のような青い瞳の少女は、花さえも霞ませてしまう
ほど美しく可愛らしい。
俺の贔屓目も多少入っているからかもしれないが……。
だが、十人中七人は彼女を美しいと褒め称えるだろう。

「興味本位なんかじゃない。俺は―…………」

アレ?
俺は…………








彼女の事をどう思っているんだろう。










  



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