ぼんやりと月光に照らされた森。 淡いブルーの夢。 嗚呼、また“あの夢”か。 だけど今晩の夢は、いつもの夢と確実に何かが違っていた。 微かに聞こえてくるメロディー。 柔らかで、それでいて悲しそうで。 耳に優しい音色が聞こえてくる。 ゆっくりと、俺は森の奥へと進む。 銀の長い髪を靡かせる少女に向かって。 彼女はいつものように美しく立っていた。 顔は―……やはり見えない。 今日こそは彼女の顔を拝もうと、足を進める。 頼むから今だけは夢から覚めないでくれよな、俺。 急く思いを抑えながら、ゆっくりと力強く前へと進む。 あと、もう少し。 彼女の絹のような銀糸の髪が、俺の頬をくすぐった。 すぐ傍に少女が居る。 そして―…… 彼女の青い瞳だけが俺の眼に鮮烈に焼きついた。 Melodia 02再び夢から現実世界へと戻ったのは、皆が疾うに寝静まった真夜中だった。 枕元の時計を見遣れば、午前三時が少し過ぎたところだ。 普段なら二度寝をしてしまうところだが、生憎俺の脳は覚醒しきっている。 もう暫らくは寝付けそうにない。 昼間に寝てしまったのがいけなかったのだろうか。 取り敢えず、冴えてしまった頭をどうにかする為、俺は談話室に行くことにした。 寝ている野郎どもを起こさないように、極力足音はたてないよう努める。 部屋から出る途中、誰かさんの『エバンズ』コールが聞こえたが、その隣に寝ている リーマスのベットから不吉な呪文が聞こえてくる気がして早々に脱出した。 奴がこの間図書室で借りた“黒魔術入門〜これで貴方も一流魔術師☆〜”という本の 呪文だった気がするのは…………早く忘れてしまおう。 それがリーマスの為でもあり、俺の為でもあるのだから。 人の居ない談話室は、酷く寂しく見えた。 先程まで燃えていたであろう暖炉の薪は、今は黒い炭となっている。 冷え始めた空気が、無性に身に沁みた。 これだから冬は好きになれないんだ。 暖炉の前のソファーにどっしりと深く座ってから、俺は杖を取り出した。 そして暖炉に火を点ける。 これで少しはマシになるだろう。 「ふぅ……」 俺は息を吐き出しながら、ソファーに凭れ掛かった。 パチパチと燃える暖炉の薪だけが、部屋をぼんやりと照らす。 結局、今夜も彼女の顔を見ることが出来なかった。 ただ、目が覚める直前に垣間見た、海のような青い瞳。 どこかで見た事があるような気がする。 どこだったか。 考えれば考えるほど、思い出せなくなる。 だが、あの青い瞳だけは鮮烈に焼きついて離れない。 『 』 ― 唄が、聞こえた。 美しい音色が、小さいながら聞こえてくる。 空気に乗って耳に届く旋律は、人々に優しく清らかな印象を与えるだろう。 緩慢な動きで、俺はソファーから立ち上がる。 聞こえてくるメロディーを辿って、談話室の入り口の扉まで進む。 どうやらこの先から聞こえてくるようだ。 物音を立てぬように、静かに談話室から出る。 案の定、部屋の外は寒かった。 こんな事なら上着を羽織って来れば良かったと思う。 だが、今から取りに行くという考えは億劫だから却下だ。 吐き出される白い息が、この場の温度の低さを教える。 未だ、旋律は途切れる気配は無い。 寒さを振り切るように、ゆっくり歩みを進めた。 背後で“太った婦人”が寝ぼけて何か言っていたが、興味が無いので無視する。 ふと俺は、先程から聞こえてくるこのメロディーが、夢で銀髪の少女が唄っていた曲 と酷似していることに気付いた。 いや、全く同じと言っても良いだろう。 酷く柔らかく、酷く悲しげな音色。 それは子守唄のようで、鎮魂歌のようでもあった。 暫らく進むにつれ、歌がはっきりと聞こえるようになってきた。 もうすぐだ、と俺の“勘”が知らせてくる。 音色を辿って俺は“ある扉”を開いた。 慎重に、ゆっくりと。 どこかの部屋に続くと思っていたが、その扉は屋外へと繋がっていた。 そこは、月の光がよく当たる庭園だった。 冬だというのに、花々が美しく咲き乱れている。 季節感を感じさせない、不思議な場所だった。 こんな所もあるのか。 全く、ホグワーツの創設者には脱帽する。 一歩、俺は足を踏み出した。 噎せ返るような薔薇の香りが、俺の鼻腔を擽る。 そして、気付く。 庭園の中心に存在する人影に。 その人物は月光を浴びて、凛然と美しく立っている。 一瞬目の前の人物の靡く長い髪が銀色に見えたが、次の瞬間には黒へと変わっていた。 いや、最初からきっと黒髪だったのだろう。 だが、月光の当たり具合で銀髪に見えてしまった……。 そんなところだろう。 狭い肩と細い腕、背恰好から少女だと予想できる。 少女は俺に気付かぬまま、美しく唄い続けた。 談話室にいた時よりも、一層清らかに響いている。 まるで、“あの夢”のように。 そのまま唄を聞いているのも良かったが、少女がどんな人物なのか見てみたかった。 もしかしたら目の前に居るこの少女は、毎晩俺の夢の中に出てくる少女と同一人物な のではないか、と。 まぁ、見ても判らないのだが。 俺は夢の中で少女の顔を見ていないのだから。 波のように荒れる心を落ち着かせる為、深呼吸をしてから俺は少女に話しかける。 きっと目の前の少女は青い瞳だ、と妙な確信を持ちながら。 「ここで何をしているんだ」 |